上々堂(shanshando)三鷹

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2009年 02月 11日

空間マニアとしましては

何度も言っていることだが、私がとっくに時代遅れで、非効率な店舗販売
にこだわっているのは、本そのものもさることながら、本のある空間を人と
共有するのが好きだからである。

本当のことを言うと、裏から入った大学を横から出て、東京にきた時点で
抱いていた夢は、劇場をもつことで、劇場乃至は寄席、あるいは映画館、
ギャラリー、とにかく人と人が淡く、しかし優しく時間を共有できる空間。
そんな空間が好きで、いつか作りたいと思ってた気持ちが妥協に妥協をかさね
古本屋として結実し、つまりこれぐらいがようやく私と言う人間の「うつわ」だった
ということなのだろう。

私は「付き合い嫌い」なので、「付き合い好き」の人がするように、行き着けの
喫茶店や飲み屋などで、「石ちゃん」とか「丸ちゃん」とか呼び合ったり、チーム
を作ってスポーツやギャンブルをしたり、というようなことはせずに暮らしたい。
お酒は一人で酔いを楽しむのが何より楽しいし、好きなミュージシャンの音楽
もライブ会場ではなく、部屋でひとりで楽しみたい。
生き方そのものが、そもそも徒党を拒否して生きてきているわけで、それは
つまり大きすぎる自意識を自らもて余しているということに他ならないわけだけど、
なにしろ、私にとっては私の脳の中ほど興味深い楽しい空間はないのだ。


であるならば、余計な現実空間など作らずに、完全に自分の脳内空間だけで
生きていればよいではないか?
ところが、やはりそうはできない、脳内空間というのは自意識に歪められ、通気
の悪い、湿度過多の空間だから、そんなところに閉じこもっているのは大変危険
なことなのだ。
外の世界と脳内の世界とどちらがより得体がしれないかを比べれば、結構ドッコイ
ではないかと思うが、やはり人間はその両世界を行き来しながらでないと生きて
いけないものらしい。池の鯉が時々水面に呼吸しにくるようなものだろうか?

なんだか、話の前置きが無駄に長くなってしまったが、ようするに私はだから、
家賃や人件費に酷使されながらも二つの店舗を手放さないで居るわけで、最近
同業に多い、ネットや目録、即売会屋への転業など考えられない。
そんなことするくらいなら古本屋自体を辞めてしまう。
経済効率的には実に無駄の多い、馬鹿な選択だが、『人はパンのみに生きるに
あらず』だ。(もっとも昨今そのパンにも不自由したりするわけだが)

で、だからもういい加減、空間マニアというか、自分の理想空間に関する妄想
など止してしまえば良さそうなものだが、病はすでに膏肓に至っていて、人が
もてあましている空間の話など聞くと、聞かれもしないのに余計なお節介を
焼きたくなる。

本当に長い前置きだけど、ようするにまだ「かんぽの宿」のことを考えているのだ。
新聞、テレビの論調の概ねはどうやら、そんな赤字を垂れ流すような施設は
早いところ民間に叩き売ってしまえ、ということらしいが、ネットではその赤字その
ものに対する疑念なども言われていて、これは冷静に見ればどうやら赤字の計上
の方法自体がひとつの詐術であることは明白なようだから、そういう意見を封殺
しようとするマスコミにもなにか利害関係が絡んだ悪意があっての世論誘導なん
だろうと思うが、
とにかく、空間マニアとして、素人なりに思う解決策を考えてみたのだ。

まず、私が総務相だか日本郵政の経営者だか、とにかく「かんぽの宿」の売却の
権限を持った人なら、まず全施設のうち、優良資産だけを本当の一般競争
入札にしてしまう。お荷物抜きならこれらはかなりの高額で売却できるはずで、
絶対に109億よりは高くなる。
そうすれば下落傾向が著しい、土地の値段をさげどめる。あるいは、はね戻すくらい
の効果はあるはずで、景気回復の一助にもなり得る。
さて、残った所謂経営状態の悪い施設だが、これは一端国が簿価に準じて買い上げる。
その資金にはそれこそ埋蔵金を当てればいい。109億という現在の70施設分の価格
よりははるかに安くすむはずだ。
勿論、買い上げたあとで遊ばしておいては意味がないし、雇用維持の問題もあるから、
買い上げると同時に既存のNPOやそれぞれの施設で働いていた人を中心に、福祉、
厚生目的の施設として再建計画を練り直す。その上で再建の見通しがたったところから、
どんどん、民営化していく。

今、職がなくって、致し方なく非正規雇用になっている人の中には、色々斬新な発想
や理想を持っている人も大勢居る。機会がなくて、お金もないから、アイデアがあって
も生かすことが出来ない人が都市にも地方にも一杯いると思う。使用目的だって、
福祉、厚生に関らず、芸術や文化関係であってもいい。
かんぽの宿は確かに、都市からは行きにくいところにあるから、ある不動産屋はそんな
物件誰も欲しがらないんだと言ってたが、そんなことはないと思う。
都市から離れたぶん風光明媚で自然に隣り合った場所で、理想的な空間作りをしたい
と思う人は少なからずいるはずだ。
市場論理優先で施設売却を急ぐと、外国のハゲタカ資本を喜ばすだけでなんの益も
ない。

私にもしシガラミがなければ、是非そのうちの一軒をホスピスを兼ねた古本の宿に、
生まれ変わらせたい。図書室だけでなく音楽室なども作れば、人生の終わりをそういう
場所で迎えたいと思う人は少なくないはずだ。
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by shanshando | 2009-02-11 13:38 | ■原チャリ仕入れ旅■


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