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上々堂(shanshando)三鷹

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2009年 07月 05日

娘に話したおはなし(ちょっと大人向けに直して)

 大海原の真ん中に小さな島が三つ、まるで定規と分度器を使って
入念に配置したように、きれいな二等辺三角形を描いて並んでおり
ました。
 頂点に位置する島は少し大きく、あとのふたつは大体同じくらいの
長細い形。この一番大きな島を枕にして、あとの二つにそれぞれ足を
乗せて一人の大男がもう随分長い間昼寝をしておりました。
 
 (ちなみにこのおはなしには始め、《時》がありません。
つまりこれは「昔々」でも「未来のある時」でもないのです。というのは
一般に大男の感覚とか観念というものは、われわれ人間よりずっと宇宙
的なので、人間が使っている《時間》の感覚は大男の話をする時には、
あまり便利ではないのです。)

 大男はとにかく長く長く眠っていて、それは例えば枕島の植生たちが
少ないものでも何百世代も、多いものになると何万世代も世代交代を
おこなうほどでしたが、そんなに永ければ当然何度も夜がきた筈なのに
「昼寝」っていうのはおかしいと思うかもしれませんね?でも例え何度
夜が来ようと大男の感覚においてはこんなの「ほんの昼寝」に過ぎなか
ったのです。つまり夜とか昼とかそういうもの自体が大男には
「なんかちょっと光がチラチラしたかな?」という程度の出来事に過ぎな
かったわけです。

 たぶんこの星が出来るより前から大男は生きていて、このあとこの星
が消滅する時がきてもまだ大男は生きているわけですが、大男は今、
こうしているこの昼寝をとても気に入っていました。
星ができる以前のことはあまりよく覚えていませんが、なんだかちょっと
落ち着かないような気分がした事だけは覚えていて、確かにあまり気分
のいいものではなかったようだし、それに比べれば、今はうつうつと眠り
が浅くなった時、お腹が減っていれば、ちょっと腕をのばしてその辺を
いつも泳いでいる鯨や鱶なんかを好きなだけ摘み上げて口に抛りこめ
ばいいし、喉が渇いた頃には適当に雨も降ってくれます。
 
 「まぁこんな結構な身分は宇宙中探したって滅多にあるまい。」
大男はそう思って、ちょっとこの思いをなんかの形で表現してみたいと
思いましたが、その思いはほんのちょっと心を過ぎ去ったという程度で、
すぐに大男の心は真っ白になって深い眠りに落ちていきます。

 ある時、そうまさに「ある時」という形で突然「時」が大男の前にやって
きました。
 それはつまり人間の乗っている船でした。
 乗っているのは、船長から甲板員にいたるまでがすべて立派な、徳の
高い坊様たちで、全部で51人が乗っていました。
 坊様たちは自分達が学んだ立派な教えをまだそれを知らない人達に
教えてあげるために旅をしていたのでした。
 
 大男が昼寝をしているその海域はどのような船の航路からも外れて
いたので、今までこういうことはなかったのですが、偶々大嵐(大男には
ただの涼やかな風と気持ちのいいシャワーに過ぎませんでしたが)の
いたずらが坊様たちの船を運んできてしまったのでした。

 嵐を命からがら乗り切った坊様たちは「その時」一様に興奮状態に
ありましたから、うかつにも突然眼前にあらわれた大男を悪魔の化身と
決め込んでしまいました。坊様たちの信じている教えによれば善良なる
者(自分達のこと)に仇なす者はすべて悪魔ということになっていたから
です。

 正確に言うと興奮していたのは、51人のうちの50人だけで、この50人
は嵐の間もおじることなく勇敢に働いた人たちでしたが、残りの一人の坊様
はあんまり勇敢でない上に怠け者でもありましたから、嵐の間も一人で船底
の酒蔵に隠れて酔っ払っていたのでした。

 勇敢な50人の坊様は船長の命令をうけて大男に向けて大砲や銃を撃ち
始めました。悪魔の化身は退治しなければならないのです。
ところが、そんな攻撃は大男にはくすぐったいほどのものに過ぎませんでし
たから、まったく平気です。「なんだかちょっとうるさいなぁ」ぐらいの思いで
目を明けてみると何だか小さいのがパンパンやっています。

 大男は今までそれが好意であれ、悪意であれ人の気持ちというのに触れた
ことがありませんでしたから、この小さい人たちがやっていることの意味も
よく判りませんでした。ただ出来れば静かにして欲しいと思っただけです。

 船長の坊様はいくら攻撃しても大男が平気なのを見るといきりたって、
「目だ!目を狙え!」と部下たちに命じました。船底で寝ている一人を除けば
坊様たちは皆優秀な兵士でもありましたので、この命令はすぐに実行に移され
ましたが、その時大男があまりの煩さにちょっと体を動かしたので、目を狙った
弾丸はすべて鼻の穴に飛び込み、大男は思わず大きなくしゃみをしてしまい、その
猛風は甲板の上の50人の坊様を綺麗に吹き飛ばし、海の藻屑にしてしまいました。

 やれやれ静かになった.そう思うと大男はまた深い眠りに戻りました。

 大男のお話はここまでです。
大男はまた悠久の中に戻り、おそらくもう本当にこの星が消滅するまでは目を醒
まさないことでしょう、おそらく。
 でも、もしまた何かの都合で左程時間が経たない間に、目を醒ます事があったら、
枕島の自分の左耳たぶにもたれて、酔っ払っている一人の坊様を見つけたかもしれ
ません。そう、あの臆病者の坊様です。
 
 彼は一人だけ生き残って島に上陸したのです。他の坊様たちは大男を悪魔の化身
と決め付けましたが、彼には無邪気に眠っているものに一方的な敵意を持つような
ことは出来ませんでした。数日間一人残された船の上から眠っている大男の寝顔を
見つめ、その顔がすこし学生時代の友人に似ているな、などとも思ったりしてみました。
彼には国に待っている人もなく、財産もありませんでしたので、この先の人生をここで
このまま過ごしてはいけない理由はなにもありませんでした。
 船底にはまだ飲みきれないほどの量の酒がありましたし、干し肉や小麦粉も充分
ありました。島には食べられそうな野草も生えているようですし、水は雨水を貯めれば
大丈夫でしょう。

 彼は必要なものの全てを何度にもわけて小舟で運び、大男の耳たぶの後ろに自分
のねぐらを拵えました。そこは大男の体温のお蔭で結構居心地の良い住まいになり
ました。広大な耳の穴は倉庫として使うことが出来ました。物を運び込む時に大男を
起こさないように気は使いましたが、大男は簡単なことでは目を醒まさないことが判る
と大胆になり、本棚や予備の木材まで運びこみました。

 そうしてそれから30年、坊様は日々酒を傾けつつ大男の耳元で過ごしました。
日を追うに連れかつては彼の全てであった神様の存在は消えてゆき、思考と想像は
目に映る範囲のもの、つまり海と空、星、月、そうして唯一の隣人である大男の事だけ
に集中されていきました。

 彼は眠る大男の傍にいるうちに大男の事がいくらか判る様になっていました。
それは勿論見当はずれの妄想であるかもしれません。しかし例え妄想だとしても彼は
それを真実として信じることが出来ました。その確信はかつて信仰に対してもっていた
ものより、ずっと強いものでした。誰とも何物も共有しない生活で誰とも共有する必要
のない確信をもつことは彼にとって至福の状態でした。
 彼はその確信に基づき眠れる大男に手紙を書き続けました。命が絶える寸前まで。

 結局、彼が生きているうちは勿論、死んでからも大男は眠り続けました。
 いつか、星が消滅する瞬間にはまた少し目を醒ますことがあるかもしれません。
 しかし、それを待つまでもなく彼の死後、彼の書き残した手紙は風化し、かつての
彼の同僚たちと同じく海の藻屑となりました。勿論彼自身の遺骸も。

                                    おわり

by shanshando | 2009-07-05 15:28 | ■原チャリ仕入れ旅■


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