上々堂(shanshando)三鷹

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2010年 01月 28日

居酒屋の思い出 三軒茶屋 鯉 伍平

私のように、歳をとってから子供ができると滅多におもてで呑む
ということがなくなる。
経済の問題もさることながら、普段夜遅くまで仕事をしていて家族
と夕食を採らないのに休日まで呑みに出かけたのでは家人に殺され
かねないし、まぁ大体が何処で呑んだって、気に入りの肴さえあれ
ば文句のない方だから、わざわざ外で飲む必要が無いと言えば無い。

それでも偶に閉店後西荻窪の飲み屋で飲んだりもするが、同業でな
くとも商売人同士というのは気を遣ってしまうもので、なかなか
野放図に酔いどれることはできない。
いや考えてみれば、家で子どもと同じ食卓で飲んでる(子供って酒の
肴好きですよね)時だって家内や子供に気を遣ってしまうから、これは
商売人云々と関係なく、私の性格が根っから幇間なせいかもしれない。

いつからこんなふうになったのだろう?
酒は中学生の頃から呑んでいるけど、やはり本格的に外で呑むように
なったのは成人してからで、20代のころはこんなに幇間癖はなかった
気がする。
ガキのくせに渋好みで、チェーン店などは忌避していたから、飲む場所
で出会うのは大人の人たちばかりで、そういう人たちに伍しているつもり
で呑んでいたけど、今から思えば赤面の至り、随分恥ずかしいガキだった
に違いない。

「伍平」というお店はそんな頃に通っていた店で、名物の鯉の照り焼きや
赤味噌の鯉こくも絶品だけど、いつも和服を着ている年配の女将さんが、
その時々の旬にあわせて作ってくれる料理がバカ旨で、大皿に出ているもの
の他にも要望を言うと、有りあわせの材料で工夫してくれたりもした。
何時だったか、無性にサラダが食べたくなって、「お新香ならあるけど」と
言うのを「どうでもサラダを…」と粘ってみたら、なんと白菜で拵えてくれて、
大蒜とマスタードが効いたドレッシングも美味しかったけど、なにより生の白菜
に甘みがあったのは、はっきりは覚えていないけれど多分冬だったからだと
思う。

その後中央線に引っ越して、伍平からは足が遠のいたけど、その後も何度か
行った事があって、それぞれ数年の時間を経ていたのに、女将さんが覚えて
いてくれて嬉しかった。
「商売していたら忘れないものよ」と言われたが、頭の出来が悪い私は今
一週間前に会ったお客様ですら顔を忘れていたりする。
行かない数年のうちには女将さんのご家族にも予想だにしない出来事があっ
たりして、そんな話を聞くにつけても、並みの他人事のようにはとれなくて
(他人なのだが)やはりこの店は私にとって居酒屋の原点だったと思う。

先ほど、ネットで検索してみると、現在も「伍平」は健在なようだが、今で
は更に年配になられたはずの女将さんが現役でいられるかどうかは判らない。
今はまだ本当に幼い娘達も遠からず大きくなって、そうしたらオヤジは「元気
で留守がいい」のクチになるだろうから、そうなったら是非また「伍平」を
訪れたいものだ。
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by shanshando | 2010-01-28 11:59 | ■原チャリ仕入れ旅■


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