「ほっ」と。キャンペーン
2011年 03月 04日

貧乏な王様

 ある国にとっても貧乏な王様がいました。
その国の国民は皆、働き者ばかりだったので、総じて国は豊かで、
一番収入の少ないお城の門番でさえ、自家用車を持っているほど
でしたが、王様は自動車はおろか自転車さえも持っていませんでした。
 
 王様だってなにも好きで貧乏をしていたわけじゃありません。
お金がたくさんあれば、町中で今評判のケーキ屋のアップルパイを
しこたま食べられるし、お城で出される食事が少なかった時、みんな
には内緒でお菓子を買い食いするために、門番が貸してくれたお金を
返すことだってできます。そうすれば、夜中に門番の靴を磨いてあげる
「お礼」もせずに済みます。

 「お金さえあればなあ………。」心のなかでそうつぶやきながら、王様は
いつも精一杯威厳をとりつくろっていました。そうしていることが王様の
王様たる所以であると小さな時から教えられてきたからです。
 国民は、王様の心のうちなんてちっとも知りませんでした。知っているの
は、意地悪な門番ひとりだけ。

 国の政治を行っている大臣たちは、毎年たくさんの税金を国民から徴収
して、それを自分たち政治家と役人、兵士達で山分けにすると、あとは王様
が食事をする僅かな費用だけを例の門番に預けて、さっさと家に帰ってしま
います。なにしろこの国は裕福で平和ですから、政治家も役人も兵士も徴
税の時にしか用事がないのです。
 
 門番はそのお金の中から自分の給料として、六割を取り、残りを門番の
おかみさんに渡します。おかみさんはそのまた六割を自分のお小遣いにして、
残りで適当に料理を作って王様に食べさせます。王様の手元には一円の
お金も渡されないのです。
「王様たるもの、自分でお金など遣ってはいけない。」というのが、先祖伝来
の教えなのです。

 王様は、あんまりお腹が減ると、自分が持っている服の中で一番汚い服
(王様の服は大抵が継ぎはぎだらけのボロボロだったので、どれもあまり変
わりがないのですが)を着て町に出かけます。
 これで誰にも自分が王様であるとはわからないはずだ。王様はそう考えた
のです。…でも本当はそんな努力は無駄でしかありませんでした。
なにしろこの国の民衆は、王様の顔なんて誰も覚えちゃいなかったからです。

 お化け屋敷のように陰気なお城とは違って、町はいつもお祭りのように賑や
かで、華やいでいます。人々は血色がよく鷹揚でしたから、顔色の悪い貧相
な服装の王様を哀れんで食べ物や暖かい着物を恵んでくれる人も少なくあり
ませんでした。そうしてそういう人は必ずこう言うのです。
「おお可哀想に!こういう気の毒な人をなぜ政府は放っておくのだろう?大臣は
何をしているのだろう?王様は何を考えているんだろう!」

 そんな慈悲深い人のひとりにケーキ屋さんがいました。そう町で一番の評判
のアップルパイを焼くあのケーキ屋さんです。
 ケーキ屋さんは焼き損じが出来ると必ずそれをとっておいて、週に一度は必ず
訪ねて来る王様にそれを食べさせてあげました。なにしろ焼き損じなのですから、
焦げが酷くて苦かったり、形がひしゃげていたりしましたが、それでも王様には
それが魔法の食べ物のように思えました。なにしろ門番のおかみさんはいつも
薄ーいおかゆと、つぶしたジャガイモしかくれないのですから、バターやりんごを
ふんだんに使ったそのパイは信じられないようなご馳走に違いありません。

 ケーキ屋さんは無口な人でしたが、いつも夢中でアップルパイを食べる王様を
ニコニコ見守ってくれて、時には熱いお茶さえ出してくれるのでした。
「なあアンタ。私はあんまり人のことを詮索するの好きじゃないが、アンタはいったい
なんの仕事をしているんだね?この国じゃ、ちゃんと働いてさえいれば食べるに困
るようなことは無いはずだ。もし仕事をしていないなら、悪い事はいわないから何か
仕事をおし。広場の掃除夫だって、新聞配達だって、やってさえいればそんなパイ
なんか大威張りで何個だって買えるんだぜ。」
 ケーキ屋さんの親身な言葉に王様はただ曖昧に笑っていることしか出来ません
でした。

 ある年の秋、野心家の大臣が軍隊に隣国を攻める命令を下しました。隣国もこの
国に負けないくらい裕福だから、そこを我が物にすれば、今よりもっと沢山の税金が
納められて、大臣はもっとお金持ちになれると考えたのです。
 ところが兵士達は、もう何年も訓練さえしていませんでしたから、命令に従って隣国
に攻め入ったものの、あっというまに攻め返され、その年のクリスマスが近づく頃には、
隣国の軍隊に国中が焼き払われ、お城は占領されてしまいました。

 「この国で一番偉い人間を出せ!」
お城の大広間に入った占領軍の隊長が居丈高に命じると、皆が一斉にあの野心家の
大臣を見ました。大臣はみんなの後ろで震えながらこう言いました。
 「みんな!何を勘違いしているんだ。この国で一番偉いのは王様に決まっているじゃ
ないか?王様は今台所でおかゆを食べていらっしゃる。誰か行ってお連れしろ!」
 即座に2.3人の兵士が走って台所に行くと、王様は今まさにお皿の底に残っている
おかゆの汁を舐めようとしているところでした。
 「陛下!占領軍の隊長がお呼びです。」そういいながら一人の兵士がお皿を取り上げる
と、王様はポカンとした顔で、兵士の顔を見つめました。なにしろ永い間「陛下」などと
呼ばれたことがないのですから無理もありません。

 まるで罪人のように王様が広間に連行されると、占領軍の隊長はその貧相な服装を見て
怪訝な顔をしました。
 「あなたは間違いなくこの国の王ですか?」隊長が一応丁重にそう問いかけると。王様は嬉し
そうに「はい」と答えました。
 なにしろ戦争が始まってこのかた王様はずっと蚊帳の外だったのですから、事態がよく
飲み込めていなかったのです。

 隣国の隊長は自分の国の王にそうするように慇懃に頭をさげ、
「陛下、ご同道願います。」そういうと自分が先に立ち、王様を町の広場に連れ出しました。
王様は事態がよくわからないままに、ただ丁重に自分を扱ってくれるこの隊長に好意を感じ
ながら付き従い、やがて広場に集まった民衆の前に立つと、久しぶりに悠々と手を振って
みせました。その態度があまりに堂々としていたので、占領軍の隊長は感激さえ覚えながら
 「陛下、ご立派です!」と叫びました。
 恭しく頭をさげながら、目頭を押さえている隊長の態度に王様はますます嬉しくなり、
 「ああ、そう。」と笑ってみせました。
 隊長は、もう滂沱のごとく流れる涙を堪えることさえしませんでした。
 これから敵兵によって打首にされる身で、この堂々とした振る舞い。こんな立派な王様は
二人といまい。出来れば命をお救いしたいが、それではこの王の決意を侮辱することになる。
 そう一人合点した隊長は傍らの兵に命じ、王様の頭に袋をかぶさせて、自ら抜き放った刀で、
王様の首を見事に打ち落としました。

 さて、隣国の隊長を感激させたこの貧乏な王様の最後も、じつは広場にあつまった民衆に
はなんの感銘も与えませんでした。何故なら彼らは首を切られた貧相な男が、誰なのか全然
知らなかったのですから。
 翌朝、広場に晒された貧乏な王様の首の前に花を供える人影がありました。そう、あのケー
キ屋さんです。
 彼はいつもアップルパイを美味しそうに食べていた男が、天国の神様の下に行けるように、
たっぷりと時間をかけて祈り、最後にこうひとりごちた。
 「だから、言わんこっちゃないんだ。占領軍だって、こんな怠け者の面倒を見る気などしなか
ったんだろうさ。しかしなにも殺すことはないじゃないか。この男は良いこともなにもしなかった
かわりに、悪いことだって何もしなかったんだから。」
[PR]

by shanshando | 2011-03-04 16:14 | ■古本屋子育て日記


<< 節電営業      古書上々堂日曜市*にじまくら* >>