上々堂(shanshando)三鷹

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2011年 04月 08日

棄民

ネットでもTVでも、今次の震災に遭遇した日本人の冷静さ、行儀のよさが褒め
たたえられているけど、時に本当にそれでいいの?と、思うことも多々有る。

いやあ、こういう事を書くと顰蹙というか、お叱りを受けちゃう事を覚悟の上で
書くのだけど。
冷静というよりは、単に危機意識が薄いだけ。という気がする出来事もよく耳にする
からだ。
勿論、アクシデントに遭遇してパニック状態に陥るのは絶対に良くないが、一定
期間が経ち、情報もある程度浸透すれば、事態を自分で把握し、自分で安全を
諮るように行動するべきじゃないかと思うのだ。

昨日また政府は、「避難勧告の半径を見直しちゃおうかなあ……?!!!」みたいな
曖昧な会見をしたみたいだけど、
はっきり言って、今の福島原発周辺の住民の方々がおかれている状況は、大戦末期
に関東軍に置いてきぼりをくった満蒙開拓団の人々とそっくりだ。

福島原発の現在の状況二関して、経緯を見守っていれば専門家でなくてもはっきり判る
ことがある。
つまり、管理者である東電も国も事故以来なにが起こっているのか正確に把握して
いないという事実。そうして、当然のことながらこれからどうすれば完全に安全確実
に事態を収束できるのかなんて益々判っていないという事実。
これだけで、充分自主的に避難地域の拡大を自主的に検討するべき理由になりえる。

遠く離れた関西では、おばちゃんたちが日用品の買占めをして冷笑と非難を受けていて、
確かにそれも理性を欠いた行動だけど、どこまでも国を信じて、目にも見えない、匂いも
しない放射能の恐ろしさ、再臨界の可能性がゼロとは言えない恐ろしさに目をつむって
いるというのも、相当理性を欠いているのではないか?
はっきり言ってこの国の為政者の本質は大戦末期も今も大差ない。
大の虫を生かす為には、平気で小の虫は見殺しにする。
そんなことない。と言われるだろうか?
実際に電力を供給される東京周辺の関東域内に原発を一基も作って来なかったことこそ
その証拠ではないか。

TVでは市場原理主義者の先生方が、放射能のリスクなんてほとんど問題にならない
ように吹聴する。
おお!我々愚民を良導してくださろうというのだ。ありがたいかぎり!
どうせなら、東京のスタジオで御高論を述べられるのではなく、是非とも自ら福島原発
の20キロ域内に居を移して、そこからコメントしてくだされば尚の事説得力が増す。

この国の国民の温順さは、歴史風土によって培われ、この危急の時を迎えても未だ
改めるところがない。為政者や特権階級にとってこんなに扱いやすい民はないだろう。
温順さといえば、聞こえはいいが、ようするに思考停止なのだ。
自分達に押し付けられたリスクを、真剣に検討しようとしない。事実を究明しようとする
人間は反社会的な人間であり、お上に楯突かない人間こそあるべき国民の姿。
温順さを褒めたたえる風潮は、ともするとそういうお仕着せを強要する風潮となる。

事故が起きて初めて「何故こんなに危険で恐ろしいものが、私達のすぐ傍に置かれている
のだろう?」とビックリする。原発の危険性なんて昔から言われてきたのに、そういう事を
言う変な人々よりも「お国のほうが信用できる。」と自分達が選んできたのじゃないのか?
勿論、すべての人々にその選択の機会があったわけじゃない。
生まれた時から当たり前にそこに原発があったという人も多いことだろう。
過ぎたことを言ってもしょうがないが、今突きつけられた具体的な危機に目を塞いでは
ならない。

福島原発周辺の住民の方々には、国が責任をもって安全を保障するべきだし、リスク
を自分で判断するための情報を隠蔽したり操作したりするべきじゃない。
そうして、住んでいるところに関係なく、この原子力発電という危険性の高いシステムに
依存した文明を共有してきた私達全員が反省をし、改めるべきだろう。

リスクのない自然エネルギーへの転換なんて、そう簡単にはできないし、そこにはまた
別のリスクが生まれる可能性もある。理性的で、お行儀が良いのは結構だけど、能天気
なのは困る。



追記:その後こんな動画を見た。
東電の社員だけ、90キロ以上退避がその日じゅうに出ていたってどういうこと?
一方、避難所にいる一般の人は危険もちゃんと知らされていないという、東電のやってる
ことって、まんま関東軍だ。
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by shanshando | 2011-04-08 11:45 | ■古本屋子育て日記


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