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2011年 04月 10日

日本はひとつじゃありません。

 人生の半ばを過ぎてから、ようやく念願の子どもを得て五年になる。
つまり上のこどもQ子は今年5歳、先日年長さんになって、非常に
誇らしげな様子。
 下のP子は最近成長痛に悩まされている。
 お姉ちゃんの時よりどうしても放任気味になり、トイレトレーニングとか、
お箸だとか、遅れ気味だったけど、偉いもので抛っておいたら抛っておい
たで、すべて自分で獲得してしまった。食の好みも淡白なもの好みのQ子と
くらべて、甘いものはとことん甘く、しょっぱいものはとことんしょっぱいのが
好きで、食べる量も半端じゃないから、小児糖尿病になりはしないか?と不安
を感じる親を尻目に好き放題に生を謳歌している感じで、体つきもこれは
どうやらQ子より大きくなりそうだ。

 なにしろ父親はすでに50歳だから、日毎にアクティブになっていく子ども達
にどこまで対応できるのか、大いに疑問であるけど、まぁそのぶん鍛えなおし
てでも頑張るしかない。

 この度の震災で、子ども達のお友達のなかにも、親御さんの状況が許す
お家ではさっさと西に移動した人も少なくない。
 私も一時は真剣に実家のある関西に帰って、京都ででも上々堂を再開する
ことを考えたが、関西の同業に聞くと容易ではないことがありありとみえて、
私自身もはや人生における生活歴は生地より永くなった東京を捨てがたいから、
今しばらくはここで頑張る以外ないと思っているけど、ひた隠しに隠されている
原発事故の実態がどうなるかによっては、東京を捨てる日も遠くない……かも
と思ったりもしている。

 もし迷走している福島原発の放射性物質が再臨界をおこすようなことがあれば、
もはや関西も安全ではない。そうなれば、いっそどこに居ても一緒か?と思ったりも
するが、現在の危機に対してなんの責任もない子ども達の安全をおびやかすことは
やはりできない。

 東北地方の各所で産土の地を失った方に対する同情と心配は、明日、わが事に
ならない保障が何処にあるだろう?

 日本で原発事業を推進してきたのは、表面的には愛国者を名乗っている人たち
だが、産土を汚し、人命を危機に晒し、農を壊滅に向かわせる所業は、本来わが国
に明治期勃興した民族主義に一番仇なす所業で、そんな人間が愛国者と名乗るの
は許しがたい欺瞞。明治の民族主義者からみれば、むしろ国賊というに等しい連中
である。

 平成22年度の出生数は、前年度にくらべて若干増えて1、071、000人。少子化
対策が功をそうしたか2000人の増加である。僅かなりとはいえ、少子化傾向に歯
止めが利くかと期待されたが、この間のことでもともとマニュフェストに揚げはした
ものの、なんとか辞めたくてしょうがなかった、子ども手当てなどを一番に辞める
方向に動いている。その他の少子化対策がやり玉にあがるのも遠い話ではあるまい。
これによって、今年はなんとか昨年度並み程度の出生数を維持したとしても、
来年からは、元の黙阿弥。いやおそらく戦後一番少なかった2005年を抜いて100万
人を割ることになることになるのではないか?
 そうなれば、勿論年金制度の崩壊は決定的だし、失業率はこれから確実に増加するから
社会保障費用の増大は避けられない。税収は増税をしたところで、国民の所得が
減少するのだから、累積した国債の償還に充分充てられるほど増やすことはできない。
まさに国家の崩壊への道筋がたってしまっている。

 そうなる事を避ける為には、抜本的な社会制度の見直しをする必要があるわけだが、
はたして出来るだろうか?
 マスコミでは盛んに「日本はひとつ」と訴えているけど、確かに個人レヴェルの善意が
圧倒的とはいえ、既得権益でがんじがらめの社会制度が、本当に「日本がひとつ」に
なることを阻んでいくのではないか?

 被災地では瓦礫の撤去の困難さがいわれているけど、多くの重機や技術者を抱えている
はずのゼネコンが企業レヴェルのボランティアに行っているという話を聴いていないのは、
私の情報不足のせいだろうか?
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by shanshando | 2011-04-10 12:42 | ■古本屋子育て日記


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