上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 07月 10日

古本屋の掃苔帖 第二回 井伏鱒二

「おっさん、この土地を貸してくれないか」と言った。
相手は麦の根元に土をかける作業を止して、
「貸し手もいいよ。坪七銭だ。去年なら三銭五厘だがね」
と言った。
敷金のことを訊くと、そんなことよりも、コウカの下肥は
他へ譲らぬ契約をしてくれと言った。……
               (『荻窪風土記』より)
こうして、住み着いた荻窪に井伏は亡くなるまでの60数年住んだ。
引っ越して来たのが昭和2年で、亡くなったのが平成5年だから
ほぼ、昭和をまるごとこの土地で過ごしたことになる。
引っ越して来たばかりは一面麦畑だったとか。
絵本屋としてはどうしてもバージニア・リー・バートンの
『ちいさなおうち』を思い出してしまう。
バートンは1909年生まれだから、井伏より11歳年下になる。
絵本といえば、私ぐらいの世代が子どもの時初めて出会った井伏の
仕事は、大体みんな『ドリトルせんせい』シリーズで、次が教科書
の『山椒魚』だったのではないか。
テレビの映画劇場で『駅前旅館』も観たなぁ。
酒が好きで、好人物で大勢の門弟友人に囲まれた生涯。
『厄除け詩集』に入っている『勧酒歌』の訳詩
「このさかづきを受けてくれ どうぞなみなみつがしておくれ
 花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ。」
もう干武陵の詩というより、井伏自身の人柄のほうが濃く感じられる
気がする。
平成5年7月10日荻窪衛生病院で肺炎のため亡くなった。
享年96歳大往生といってよいだろう。

ちなみに先ほど今日二人目のお客様は岡崎堂の文春文庫『井伏鱒二』
を買われた。「今日命日ですね」と話しかけると、ご存知なかったら
しく。この偶然を喜んだものだか何だか、片付かない顔でしかし感慨
深げであった。

明日は私が休みなので「掃苔帖」は休み。
明後日からは次の日が命日の人を書こうと思う。
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by shanshando | 2005-07-10 13:54 | ■古本屋の掃苔帖


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