2005年 07月 17日

古本屋の掃苔帖 第八回 大河内伝次郎

坂妻にしても嵐寛にしても、そして大河内伝次郎にしても
チャンバラスターの伝記を読んで面白いのは、その破天荒
な私生活とそれに相反するかのような朴訥で誠実な仕事への
うちこみ方である。

大河内の場合、わたしが読んだ限り豪遊などの伝説はなかったが
そのかわり、彼がその莫大なギャラをつぎ込んで造った、京都
小倉山の大河内山荘は、とても並の個人の別荘のレベルではなく、
歴史的建造物と見まごう、まさに御殿である。

この当時の娯楽映画の製作はいわゆるスターシステムで、主演俳優
はすなわちお殿様なのだ。だからこそギャラも莫大なのだが、なに
しろ自分が看板の仕事だから、打ち込み方がちがう。
彼はまさに入魂の人であったようだ。

聞きかじった逸話だが、名作「血煙高田馬場」の撮影で、セットを
走り抜ける演技をあまり真剣にやるので、テストの段階から毎回
セットの壁にぶちあたるのだそうだ。大道具は大変だろうが、
カメラのフレームからアウトした瞬間に素に戻り、ストップする
などという芸当はとても出来ない人だったらしい。
丹下左膳の立ち回りなんかも、なんだか滅茶苦茶な動きなのだが
妙に理にかなった動きよりよっぽど迫力がある。

戦後はどちらかというと地味な脇役に廻る事が多かったようだが
私の子ども時代、もう彼の最盛期を知っている人は少なかっただ
ろうに、おなじみの「シエイハ タンゲ ナハ シャジェン」と
いう物真似だけは演芸番組などでよくおこなわれ、我々子どもも
知らないながらに真似たものだ。

独断だが、夏はチャンバラの季節である。ビデオ屋で「百万両の壷」
でも借りて来て、浴衣姿で鑑賞、そのあと物差しを剣にしてチャンバラ
ごっこでもしては如何か?
 
1962年7月18日胃がんのため死亡、
享年64歳である。
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by shanshando | 2005-07-17 14:56 | ■古本屋の掃苔帖


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