上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 07月 30日

古本屋の掃苔帖 第十八回 朱里エイコ

坪内祐三さんに「一九七二」という著書がある。
1972年を日本人の歴史意識に断絶が生じた
年であるとして論じているが、今はあまり関係
ないので置く。

1972年、懐かしい年である。
札幌冬季オリンピック、浅間山荘事件、沖縄返還
横井さん救出。「ゴッドファーザー」「ポセイドン
アドベンチャー」。「木枯らし紋次郎」「必殺仕掛
人」「藍より青く」。「HOW TO SEX」「二十歳の
原点」。「同棲時代」「ポーの一族」「デビルマン」。
「ぴあ」が発刊され、田中角栄が日中国交正常化を
はたし、千日デパートや北陸のトンネル内で火災が
起こってる。
流行歌では「岸壁の母」「結婚しようよ」「旅の宿」
「学生街の喫茶店」「瀬戸の花嫁」「おんなのみち」
「せんせい」。
そして、レコード大賞はちあきなおみの「喝采」。
どうです。懐かしいでしょう?えっ、半分もわから
ない?そうか、やっぱり断絶してるかなぁ?

まぁいい。この年の紅白に一人の女の子が初出場し
ている。その名もリトル・ダイナマイト朱里エイコ。
小柄だけど足が綺麗でミニスカートがよく似合い、
唄うと声にパンチがある。
ショウダンサーとしてエド・サリバンショーにも出た
母親の後を追うように若くして渡米、ラスベガスにも
出演したあと帰国。67年「恋のおとしあな」でデビ
ュー、同年レナウンのコマソン「イエイエ」を唄い
有名になる。
そして72年にだした「北国行きで」がオリコン6位
に入り、紅白初出場となる。
しかし、翌年もなんとか紅白出場するが後が続かず。
以後泣かず飛ばず、忘れられた存在となる。
近年、椎名林檎が彼女の曲をカバーしたり、根食真実と
いう歌手が「北国行きで」を唄ったりで再び注目されて
きたそうだが、2004年7月31日虚血性心臓麻痺で
死亡。享年58歳。
最後は薬物の為太っていたそうだが、そんなことはどう
でもいい。1972年のブラウン管には無茶苦茶かっこ
いいお姉さんが唄っていて、我々はいつでもそれを思い
出す事ができるのだ。
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by SHANSHANDO | 2005-07-30 23:08 | ■古本屋の掃苔帖


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