上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 08月 02日

古本屋の掃苔帖 第二十回 吉田健一

昨夜は少し飲み過ぎたようだ。
と、目的語を省略して書いた場合、飲んだものは
酒であるというのが、洋の東西を問わずお約束で、
「ああ、目薬を飲んだんだな」と思う人は少ないよう
である。
昨夜は飲み過ぎた。
吉田健一のせいである。
「酒宴」という作品を読み返したのだが、これ未読の
方は是非読んでみてください。どんな下戸でも夕飯
前にちょっと一献と思うこと請け合いである。
要するに飲んでばかりの話なのだが、何故こんなに
旨そうに書けるんだろう?
落語でも「禁酒番屋」とか、「試し酒」のように飲んで
ばかりの話というのは、演者に相当の力量がないと
話中の酒に飲まれてしまって、噺がグズグズになっ
てしまうと言うことを聞くが、文芸でこう飲んでばかり
で、そのほかには事件らしい事件もなにもおこらない
ものを書き綴り最後まで読み飽きさせないどころか、
後半になるほどグイグイ面白く読ませるというのは尋
常の技ではない。
自在にして闊達、そして玄妙。
しかし吉田健一がこの文体を得るまでにはかなりの
苦労があったらしい。
父吉田茂の外交官としての勤務のために、6歳の頃
から海外生活が多かった彼は、19歳で文士を志した
時点で日本語より英語、仏語により馴染んでいた。
そのため、初期の仕事は翻訳だと誰よりうまくこなした
が、評論などで自分の思いを伝えようとすると文体が
安定せず晦渋になってしまいがちだった。
勉強のため、河上徹太郎のすすめで常に鴎外を身から離
さず読み返したという。
努力家なのである。
しかし、この自在・闊達・玄妙はどうも努力だけで作ら
れたものとは思えない。酒精がその醸成に大きな役
割をはたしているように思えるのだ。
『新潮日本文学アルバム』で彼の写真を見る。
異相である。笑顔を作るためだけに顔じゅうの筋肉が
鍛えあげられてきたような、そんな印象がある。
この時代の日本人としては非常に特別な境涯、それ
ゆえの孤独、悩み。それらは結局酒以外では癒しが
たかったのかもしれない。
永い不遇の時代を越えて、吉田健一に漸く正当な評
価が与えられたのは五十も半ばを越した頃からだっ
た。

死の年の5月の英仏旅行は、夫人の言葉によると死
を迎えるにあったっていろんな人たちに挨拶をすませ
る為だったという。

吉田健一、1977年8月3日肺炎のため自宅で死亡。
享年65歳。
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by shanshando | 2005-08-02 16:03 | ■古本屋の掃苔帖


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