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2005年 08月 23日

古本屋の掃苔帖 第三十七回 溝口健二

新藤兼人の「ある映画監督」は溝口健二という天才の
いびつさが描かれていて実に面白い。(本人は自分
を天才だともいびつだとも思ってなかっただろうが) 
岩波新書が一番手に入りやすいと思うが、岩波現代
文庫にも入っているはずである。

昭和16年溝口健二にとって、映画作家としても生活
人としても文字通りのささえであった一番目の夫人が
精神病を発病してしまう。
彼はそのことで自分を責めた。おそらくその狂気の原因
が自分の若い頃からの悪所がよいのせいであると思い込
んだ為だろう。それ以降彼が映画の中で描く女が変わっ
たと、新藤は言う。

「雨月物語」を昨日見返したが、ラスト近くの田中絹代演ず
る宮木が夫源十郎を迎えるシーンはちょっと言葉に出来な
いくらい凄い。
溝口独特の長いワンカットシーンの舞台上で随所に固定さ
れた闇が準備されている。その闇を縫うように淡々と移動する
田中は、ただ亭主と子供を先に休ませた主婦がやりそうな日常
的な行為をしているだけだ。もうそのシーンでは劇的な何事も
起こりそうにない。なのに何故か延々と長く続くシーン、観客は不
安になってくる、物陰の闇に入った田中の顔が次に出てくる時には
鬼の形相になっているのでは……?と思わせながら遂にそんな
事は起こらない。そして、やがて朝がやって来る……。
溝口と言う人は、自分の心象というレンズを通して、他者の内面を
みつめた作家なのだろう。自分の心象そのものをも勿論対象として
見つめながら。

小津が美学とセンスの才人なら、溝口は観察の天才なのだろう。
安吾の「耳男と夜長姫」の耳男を思わせる狂気だ。
映画の現場では本当に不人情で我儘で冷酷で権威好きで、まぁ
これ以上嫌な奴はいないだろうと思わせる溝口だが、結局世人が
気にする良い人であろうとする努力などかなぐり捨てて、映画という
方法に限定して、世界とつきあった。これを天才といわず、何という
のだろう。

憎まれっ子世にはばかるということを言うがわずか58歳で死ぬ
というのはさほど憎まれっ子でもなかったのかもしれない。
死んでから、「あんないい人が…」と言われるような安っぽい生き方
だけはしたくないものだが、この人の場合誰もそれはいわなかった
だろう。

1956年8月24日白血病により死去。
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by shanshando | 2005-08-23 18:28 | ■古本屋の掃苔帖


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