上々堂(shanshando)三鷹

shanshando.exblog.jp
ブログトップ
2005年 09月 01日

古本屋の掃苔帖 第四十四回 ピエール・ド・クーベルタン

1937年の9月2日、ジュネーブのとある公園で
一人の白いほお髯を生やし時代遅れのフロック
コートを着た老人が死んでいた。
彼の妻は財産を失った理想家の亭主にあいそを
つかし、彼をのこして旅行に出ている途中だった。
息子は幼時に日盛りに置き去りにされたおかげで、
日射病を患い、56歳になっても知恵おくれで、娘
は母親の虐待のため情緒障害だった。
彼等家族の生活は市当局の善意によってささえら
れている状態だった。
そんな悲惨な生活の中でも彼は理想家としての生
活を貫き、公園にいたのは朝の運動のためだった。

彼ピエール・ド・クーベルタンはまさに理想の人だった。
若い頃イギリスに学んだ彼は、かの地で行われて
いたスポーツ教育に感銘し、故国フランスでもこれを
根付かせようとし、後には古代ギリシャのオリンピア
大会をモデルに近代オリンピックというシステムを創造
した。これ等の事業は、彼の家が元々持っていた巨額
の資産を背景に無償で行われた。
現代の利権まみれのオリンピックと違って、この時代に
オリンピックに関わった人は皆理想家だったのである。
彼の妻も結婚当初はよく夫の理想を理解していたよう
だが、後に彼が破産してゴロっと態度を変える。
晩年は随分と夫をいびったようだ。
まぁ「金があっての上での奇麗事やんけ」というわけだ
ろう。まことに現代的である。

彼、ピエール・ド・クーベルタンは「近代オリンピックの父」
と呼ばれているが彼女マリー・ド・クーベルタンこそは、
「現代オリンピックの母」と呼ぶのにふさわしいのではある
まいか。

ピエールの死後その遺体から抉り出された心臓はギリシャ
に運ばれクロノスの丘に埋葬された。彼の遺言だったので
ある。はっきり言って如何にもオリンピックの創始者らしい臭
い演出だ。享年74歳
一方マリーは、104歳まで生きているが、その生活費はIOC
が出していた。それに対して彼女がした事はほんの儀礼的な
挨拶程度だったという。フンッ!てなもんだろう。
偉いぞ!マリー!パチパチパチ(拍手です)
人間、銭のないのは首がないのも一緒や!首がなけりゃ、金
メダルもかけられない。
[PR]

by shanshando | 2005-09-01 23:26 | ■古本屋の掃苔帖


<< 古本屋の掃苔帖 第四十五回 折口信夫      古本屋の掃苔帖 第四十三回 竹久夢二 >>