上々堂(shanshando)三鷹

shanshando.exblog.jp
ブログトップ
2005年 09月 13日

古本屋の掃苔帖 第五十四回 イサドラ・ダンカン

イサドラ・ダンカンは、足の裏を感覚器として意識的に
使った最初の舞踊家といえるだろう。
あらゆる舞踊表現の根源にあるのは、重力から開放
されたいという人間の潜在願望である。
踵をあげて踊るバレエのメッソッドも、膝をゆるめ腰を
落として踊る日本の舞踊もめざすところは同じ、「重力」
から開放される幻想なのだ。
そのために、ダンサーは足腰を鍛え、バランス感覚を磨
く。その訓練法をもっとも合理的に体系化したものがクラ
ッシクバレエの訓練法だった。
ところが、イサドラ・ダンカンは母親ゆずりの型に嵌めら
れる事を極度に嫌う性格でそれを否定した。
「あんな、拷問みたいなこと!」というわけだ。
そして、彼女はバレエシューズを投げ捨て裸足になった。
これは、彼女に精神的な開放感を与えただけでなく、技術
的にも理に適った事だった。
人間の足の裏は身体の全部位と細密に呼応している。今
流行りの足裏マッサージを見てもわかる通りだ。
伝統的なバレエのポジションはその細やか連動を型に嵌
める事で全身の表現を単調に貶める嫌いがある。
彼女は裸足になることで、足の裏を感覚器として使い、そ
れまでになかった身体表現を編み出したのだろう。
舞踊界にとって、イサドラ・ダンカンはまさに突然変異的存
在だった。

しかし、残念ながら、それがどの程度のものだったかは今
はわからない。
彼女の映像を観ることはできないし、出来たところでそれは
無意味なのだ。舞踊表現は生で体感するのでない限り、映
像では絶対に伝わらないものなのだ。
今、映像で観る土方巽の舞台が、舞台美術やメイキャップ
の面白さをつたえるのみで、踊りそのものはちっとも面白く
ないことでも証明されている。

したがって、我々は本当のイサドラ・ダンカンの偉大さに触れ
る事は不可能なのだ。触れられるのは、書物を通して読む
彼女のエキセントリックでスキャンダラスな生き様のみである。

クルツィア・フェラーリ「美の女神イサドラ・ダンカン」は比較的
その手の話題に関してひかえめな記述しかしていない本である。

性的に非常に奔放であったと伝えられる彼女だが、実は25歳
まで処女であったという。しかし、一度経験してからののめりこ
みぶりは、まさに驚くべきもので、これは前出の本には書いて
ないが、出会った男が優秀な遺伝子をもっていると感じると、と
りあえず、自分と子供を作ろうと提案したともいうし、また単純に
若い男が好きで、舞台の直前まで交わっていて、フラフラで踊っ
た事もあるとも聞く。
また、スピード狂でもあり、「時速100キロクラブ」という同好会と
も交友があった。時速100キロはその当時の限界速度だったのだ。
そして、そのスピード好きが彼女の生命を奪うことになる。
1927年9月14日買ったばかりの真っ赤なブガッティーに乗り込
んだ彼女がたなびかせる、長いショールが車輪のスポークに絡み
つきアスファルトにたたきつけられ首を折って死んだ。
享年49歳。
[PR]

by shanshando | 2005-09-13 16:25 | ■古本屋の掃苔帖


<< 古本屋の掃苔帖 第五十五回 土門拳      新着有り! >>