上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 09月 21日

古本屋の掃苔帖 第六十一回 淡谷のり子

岩波新書赤の636 「ポピュラー音楽の世紀」という本で
中村とうようは、
「藤山一郎とか淡谷のり子(ともに音楽学校出身)などの
歌唱力はじつに貧弱だった。声が上ずって音程も不安定、
歌い方は一本調子というか強弱がほとんどない。」と書い
ている。
文章の論旨は、政治が強要した音大教育がいかに伝統
の音感を押しつぶしたかという点にあり、けっして藤山や
淡谷の個人攻撃を目的にしたものではない事は読めば
わかるが、なんだかあまりといえばあまりな書きようでは
ないか。
1993年に亡くなっている藤山はともかく、淡谷のり子は
この時点でまだ生きている。
この本は岩波新書のために書き下ろされたもので、奥付
には1999年9月20日発行となっているが、淡谷はその
二日後に死んでいる。

まぁ、老衰で死んだ淡谷がこの本を読んだ可能性は殆ど
ないだろうし、中村も「まぁ、もうすぐ死んじゃうだろうから
いいや」などと思って書いたわけでもなかろうが。

中村はその音大教育の弊害を打ち破ったのが、美空ひばり
の登場であったと続けて、ひばりの天才ぶりを讃えている。
淡谷の大嫌いな演歌である。
中村によれば、演歌と言う言葉が一般的になったのは昭和
50年代からだそうで、ということは戦前からの流行歌手であ
った淡谷からみれば、演歌なんて成り上がりの新興勢力に
過ぎなかったのだろう。フォークやロックを聴いて育った我々
世代が「ニューミュージック」という言葉を軽蔑したのに似て
いるかもしれない。

もっとも、淡谷のり子という人はいろんなものが嫌いだった
人で、自身の代表曲「別れのブルース」なんかも大嫌いだ
ったらしい。おそらく誰かに「あれはブルースなどと言ってい
るが、ブルースというものはああいうものではない」と聞かさ
れ、正統派の私がそんな偽物を歌うなんて堪えられない。
と思っていたのだろう。
だとしたら「政治が強要したいびつな音大教育」は彼女自身
を一番不幸にした事になりはしないか?
くだらないエリート意識が、表現者本人を不幸にしている例は
今の芸大出身者にもよく見る現象だ。

晩年はバラエティー番組でゲテモノとして扱われ、それだけで
も往年の彼女のファンには耐え難いことであっただろうけど、
そこに持ってきて「歌が下手だった」と書かれたのでは、もう救
いようもない感じだ。

「ブルースの女王」淡谷のり子、1999年9月22日死す。
享年93歳。

追記、中村とうよう氏の著書はじつに面白い、批判的に書いたが
内心、歯に衣着せぬ態度は尊敬している。この国では年寄り相手
に本当のことを言うのが禁忌とされていて、なかなか本当の事が
言えない。
私は舞踏という分野の踊りを作っているが、この世界には大野一
雄というおじいさんが未だ健在で、健在なのは誠に結構なのだが、
もうとっくに踊れなくなっているのに、極近年まであちこち担ぎだし
ては、拝観して有難がるという悪習が横行していた。
そういう事がこの分野に対する勘違いを呼ぶことも考えないで。
まぁ、ご本人は無邪気なものなのだが、もう相当以前から踊り自体
がどこにもない事を指摘しない。今の大野一雄は「裸の王様」である。
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by shanshando | 2005-09-21 22:30 | ■古本屋の掃苔帖


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