2005年 10月 04日
日記文学を読む楽しみのひとつに他人の食生活を 垣間見ることがある。 どんな大食漢だって、胃袋の大きさに制限がある以 上際限なく食事することは不可能だが、読書の中の 食事なら腹がはちきれる心配はない。 武田百合子の「富士日記」は、武田泰淳一家が昭和39 年から週の半分を過ごした富士山荘での生活を記録し たもので、その大部分が食事に関する話題で埋まっている。 特に贅沢な物や珍しい物は見当たらない。どこの家の食卓 にも上るようなお惣菜が中心である。 しかし余程食べることが好きな家族だったとみえ、ドライブ インで食べたカレーの具についてまで書いている。 一家は三人、夫泰淳、妻百合子、娘花。近所に大岡昇平一 家が住んでいて、始終行き来していたようだ。 武田泰淳は昭和46年長編「富士」を上梓した直後、糖尿病 によって引き起こされる脳血栓で倒れ、不自由な身体となり、 以後の著作は、百合子が口述筆記して書いている。 そうして書かれた随筆「目まいのする散歩」の冒頭、泰淳は 共に「中央公論」新人賞の選者をつとめた、三島由紀夫、伊 藤整の死にかたと違う死に方をするためには、誰かに「殺さ れる」「刺殺される」「処刑される」死に方がいいだろうなどと 書いている。そしてまた自分にはそんなチャンスは来ないだ ろうとも。 まさか、本当に殺されたがっていたわけではなかろうが、この 作家らしい夢想であると言う気がする。 6年の闘病の後、胃癌とそこから転移した肝癌のため1976 年10月5日死亡した享年64歳。
by shanshando
| 2005-10-04 17:52
| ■古本屋の掃苔帖
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