上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 10月 06日

古本屋の掃苔帖 第七十二回 石坂洋次郎

石坂洋次郎は、たしか中学生の時にわりと不純な動機で
父親の本棚から抜き出してきて、「青い山脈」あたりを盗み
読んだ記憶があるだけで、以後ずっとご無沙汰である。
ご無沙汰したところをみると、中学生の私をして左程劣情を
催させるところがなかったのだろう。

昨日図書館で筑摩書房の日本文学大系を借りてきて、短編
を二編読んでみた。
「麦死なず」と「草刈る娘」である。「麦死なず」の被虐性はなん
だか皮がむけてない感じでつまらなかったが、「草刈る娘」は
素敵な作品だった。
この作家は自分の作品は「低俗であり、芸術性に乏しいものと
されている」などと書いて、自分でも俺は大衆小説家だと開き
直っているようだが、どうしてどうして「草刈る娘」は沼正三の
「家畜人ヤプー」と並びえる神話的変態小説だと思った。

まず、舞台を岩木山の麓の草刈場という人里から隔絶された
場所に設定し、主人公たちを野営させている。これはやはり
どうしても「高天原」を思わせる。
ヒロインのモヨ子は18歳、理想は「腹の中の子供をみんな生み
上げてしもうて、カラカラと枯らびた気持ちのいい年寄り」になる
事である。
相手は兵隊帰りの農家の次男時ジョウであるが、彼は農家の
未来に問題意識を持っている現代的青年で、その象徴として
贅沢品であるライターを持っている。
さて、このライターを時ジョウは野糞をした時落としたらしいが、
草原はあまりに広く、見つかるまいと諦めている。それをヒロイン
モヨ子が探し出すのだ。糞の匂いをたよりに!
素敵だ!
この小説にはここ以外にも、モヨ子の婆さんが時ジョウの背中に
負ぶわれながら小便を漏らすシーンが出てくる。
物語の最後、やがて結婚すること約した後モヨ子は時ジョウに
祝言がすむまで時ジョウは自分の身体に触れてはならないと約
束させる。ただし、自分は時ジョウの身体を自由に触ると!
素晴らしい!
石坂洋次郎はじつに素敵なマゾ作家だ!
このマゾ作家が現代に生きていたらと想像しかけてやめた。
今の文学は余りに制限がなさ過ぎて面白くない。
石坂洋次郎は、彼の文学を低俗だと罵ってくれる時代を生きられ
て本当に得をしたと思う。

昭和46年愛妻うらを亡くした後、意気消沈しながらも石坂洋次郎
はなお15年生き永らえ、昭和61年10月7日86歳で死去している。
彼の最晩年を彩った恋物語があるとしたら私は是非読んでみたい
のだが。
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by shanshando | 2005-10-06 15:08 | ■古本屋の掃苔帖


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