上々堂(shanshando)三鷹

shanshando.exblog.jp
ブログトップ
2005年 10月 08日

古本屋の掃苔帖 第七十四回 嘉手苅 林昌

西南太平洋のミクロネシア連邦に周囲200キロにおよぶ
世界最大の環礁がある。トラック諸島である。
1920年に琉球の越来村(現沖縄県嘉手納基地内)に生ま
れた嘉手苅 林昌は二十歳でここに移民し、日本軍に現地
召集されるまで彼の地を放浪している。

写真で見るトラック諸島は、南国の太陽がふりそそぐ、透
明なゼリーのような土地である。
日本で頭がつっかえそうな思いをしながら生きている者から
見ればまさに天国である。
南の明るい太陽に祝福されて生を受けたものは、母親を慕う
ように太陽から離れられずに一生を過ごすのだろう。
そして、太陽が輝いている限り何処に行っても、人と争わず
生きて行けると信じるだろう。
戦争がなければ、嘉手苅 林昌は沖縄に戻らずこの国か、更には
もっと遠い太平洋のどこかを放浪しつづけて、最後まで太陽に
見守られながら年老いて死んでいっただろう。
そうなれば、彼が戦後やった島唄の発掘普及の仕事も行われず
「島唄の神様」と呼ばれることもなく、彼を日本に紹介した
竹中労に会うこともなかっただろう。

竹中によって彼 嘉手苅 林昌と島唄は今や日本国内にとどまらず
世界にまで知られる存在となるきっかけを得たが、それだから
やはり沖縄に戻ってよかったとは言えまい。
島唄がどうあろうと、戦争などなく呑気に太平洋の風来坊として
終える人生のほうが私には素敵に思える。

勿論、歴史に「もし」はないわけだが、嘉手苅 林昌の飄々とし
た生き様を見ていると、あくせく人と争って何かを積み上げて
それを守って生きて行く都市生活がむなしくなってくる。

鶴のような痩躯に似ず、強靭な声帯と肺活量に恵まれた島唄の
神様 嘉手苅 林昌は1999年10月9日肺癌のために亡くなっている。
享年は1920年の生まれの筈なので79歳のはずなのだが、実は
1915年の生まれだったという説もあり、そうすると84歳という
ことになる。まぁ5年くらいの差どっちでもいいね。
[PR]

by shanshando | 2005-10-08 21:47 | ■古本屋の掃苔帖


<< 今夜は店に      おしらせ >>