上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 10月 20日

古本屋の掃苔帖 第八十四回 嵐寛寿郎

歌舞伎や古典やと偉そうにいうけれど、
阿呆でも名門のセガレは出世がでける。
…こんな世界何の未練もないと思うた。

藝術関係おへん、…子供のころ賀茂川で
割竹を鳴らして祭文唱えた乞食芸人に、あ
のしみじみとした哀れの深い節まわしに及ぶ
芸をワテらは持っているやろか、

ええ本がでけますやろ、一つだけ注文つけて
よろしいか。値段を安くしてほしい、映画の料金
より高くならんように。アラカンの本でおます、
二千円、三千円の定価をつけられたらかないま
へん。

以上は竹中労「聞書アラカン一代記 鞍馬天狗
のおじさんは」からの抜粋である。竹中がアラカン
の何に惚れたかよくわかる。

「アラカンの他に神は無かった。」と、竹中は云う。
「これは荒々しい本や、不遠慮な本や、ほんまの事
ばかり書いてある本や、読みながら不覚にも涙がこ
ぼれてきた。」と、マキノ雅裕は初版の談話で云う。
初期の映画制作の現場は、やくざっぽく、無法な空
間であったと言うが、その中をスターとして生きてき
たアラカンは男を惚れさせる男であったのだ。

男を惚れさせる男は女をも惚れさせる、晩年に到っ
ても、年の思い切り離れた女性と結婚していたアラ
カンだが、その女性は彼の死の三ヶ月前に籍をぬい
て去っていき、末期は孤独であったという。

1980年10月21日老衰による心不全のため死亡
享年76歳
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by shanshando | 2005-10-20 22:05 | ■古本屋の掃苔帖


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