上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 12月 18日

古本屋の掃苔帖 第百三十三回 エミリー・ブロンテ

ヨークシャ洲ソートンの牧師の家に生まれた彼女の
兄弟姉妹はそろって病弱であったらしく、エミリーは
4女であるが、三人の姉のうち二人は夭折しており、
残されたエミリーたちも揃って早死している。
そのなかでも比較的長寿だったのが、「ジェーン・エア」
を書いた姉のシャーロット・ブロンテで、妹のアンも
「アグネス・グレイ」という小説を書いている。

そろって腺病質な姉妹は、共に詩を綴ったり、共作で
ファンタジーを作ったりして過ごしたらしい。
文才に恵まれた姉妹のなかでも、エミリーは引っ込み思案
でそのためか、名作「嵐が丘」は彼女の生前にはほとんど
評価されることがなかったようだ。

30歳で没するまでおそらく一度も恋愛経験のなかった彼女
が、あのような愛憎のドラマが書けた事に疑問を呈する人
もいるようだが、現実の恋愛体験など物語をつくりだす為
には何の役にもたたないのは、大方の大人なら認識している
ところだろう。むしろそんな体験などなかったから、腺病質
の拒食症の気むずかしがり屋だったからこそ、大きな空想の
翼を持てたのだろう。空想世界は往々にして爛々と見開かれ
た健全な視力よりも、朧げな弱視の薄目によって見いだされる
ものである

エミリー・ブロンテの死因には調べたかぎり二説あって、ひと
つは兄の葬式のおり引いた風邪をこじらせて死んだというもの
もうひとつは結核が原因だというもの。結局、おりから結核を
患っていたのに兄の葬式で風邪をひいて死んだのだろう。

エミリー・ブロンテの命日は1848年の明日12月19日です。
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by shanshando | 2005-12-18 15:28 | ■古本屋の掃苔帖


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