上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 12月 28日

古本屋の掃苔帖 第百四十一回 石川淳

よく考えていたのでは、何も書けないのである。
ネットだかウェブだか知らぬが、何せこのモニター
の画面の向こうに居る人は、おそらく疑う余地もなく
私より、物を多く知り、知恵も深いに違いない。
こんなことを書くと、却って妙に斜に構えやがって
百四十回も駄文を垂れ流しておいて、なにを今更ぬかし
やがる。と言われるのが関の山だが、恐れ多くも俎上に
上ったのが石川淳とあっては緊張せざるを得ない。

緊張の理由のひとつは勿論、この文人が和漢洋古今に亘る
博学の人であると言う事もあるが、先に述べた通り、私
から観れば大概の他人は自分より博学であると知りつつ、
この無謀な挙を打ち続けているわけだから、今更それには
驚かない。問題は、私自身の恥ずかしい思い出にまつわる。

1987年12月30日の夜、私はその頃懇意にしていたさる女性
と、二人だけの忘年会をするべく高円寺のさる飲み屋の小座敷
に居た。私にとってその女性は、平たく言えば惚れてはいたの
だが、一緒に居るとなんとも肩の凝る相手で、私はどうもそう
いう相手に惚れる性癖が当時あった。
肩が凝る理由のひとつに彼女が私より、はるかに博学である事が
あった。酔って話しても下手な事をいっては、私はいつも赤面す
るハメに自ら陥っていた。
「そうそう、昨日イシカワジュンが亡くなったわね。」
彼女は突き出しの赤貝かなんかつまみながら、まずその日の話題
の切り口を開いた。
「えっ!そうなの?」
「うん、心不全だって、私は仕事で一度お目にかかったけど、お
元気そうだったのに」
「まだ若かったはずだよね。」
「若い?もう80はとうに過ぎてたはずよ!あなた何か勘違いして
いない?」
スミマセン、つまらないオチで。
わたし漫画家のいしかわじゅんと勘違いしてました。
はっきり言うとそれまで石川淳を知りませんでした。
次の日、古本屋に飛び込んで大急ぎで読みましたけど。なんだか精妙
に作られた懐石料理をどんぶり鉢にあけて掻き込んだみたいで、味も何も
わからんかった。

明治32年東京浅草の銀行家の家の次男に生まれた石川淳は、6歳から
祖父石川省斎に論語の素読を授けられた。先日の中島敦といい漢文の
素養が骨身に染み付いた人の文章は簡潔で私は好きだ。石川淳の場合
折々に出てくる逆説的な言い回しが若干鼻につく事もあるが、概ね
よろしい。と、メクラ蛇に怖じず。無学者は今夜も大いばりのコンコン
チキなのである。

石川淳は1987年の明日12月29日に心不全で亡くなっている。
享年88歳。
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by shanshando | 2005-12-28 21:26 | ■古本屋の掃苔帖


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