上々堂(shanshando)三鷹

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2005年 12月 29日

古本屋の掃苔帖 第百四十二回 横光利一

「真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で駆けて
いた。沿線の小駅は石のように黙殺された。」
大正13年に発表された横光利一の「頭ならびに腹」の一節
である。
映像メディアの普及と発展によって、事象を複数の視点で
捉える事に慣らされた現代の私達から観れば、大した驚きの
ある表現ではないが、当時はこれが波紋を巻き起こした。
震災の翌年にあたるその年10月横光等は新雑誌「文芸時代」
を立ち上げ、新感覚派を標榜した。
この雑誌の初期の中心メンバーはそのまま文藝春秋とかさな
り、多くが戦後文壇の中心的存在となるのだが、例外的に戦時
中の銃後文芸運動に積極的に参加したため、戦後は戦犯扱いの
まま早逝する横光や、やや遅れてこの雑誌に参加する稲垣足穂
など、むしろこの中でも「面白い」人々は戦後永く忘れられた
形となり、足穂は昭和末に、横光に至っては最近になって漸く
正当な再評価がされているようである。

横光利一は、なぜ「銃後文芸運動」などに関わったのだろう?
あの戦争の行く末にどんな希望を見ていたのだろう?
敗戦の翌々年1947年 すなわち昭和22年の明日12月30日
胃潰瘍をこじらせた末の腹膜炎で死亡している。
享年49歳
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by shanshando | 2005-12-29 17:38 | ■古本屋の掃苔帖


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