上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 01月 03日

古本屋の掃苔帖 第百四十四回 福地桜痴

「死神」という落語、ご存知ですか?
正月そうそう縁起のわるい書き出しでスミマセン。
死神と懇意になって、瀕死の病人の寿命のある、なし
の見分けを教わり、それを利用して一儲けした男が
結局、最後世話になった死神を裏切って、自分の寿命
をしめすロウソクの火が消えてしまうのを見る。あの
話ですが、あれは元々グリム童話を三遊亭円朝が落語
にしたと言われているのですが。北村正裕さんという
童話作家のホームページによると、そもそもこの話を
円朝に教えたのは、福地桜痴だという説があるそうです。

福地源一郎こと桜痴居士というひとは、一般に紹介され
る場合ジャーナリストと紹介されることが多いようです
が、実際にはいろんな事をした人で、有名なところでは
歌舞伎座の創設と歌舞伎の台本作者、(「鏡獅子」など
がそうですね)政治家、新聞社経営、通訳、小説家、その
ほか浅草六区の開発というか、いわゆる興行街にした仕掛
人でもあるようです。
何故、こんな八面六臂の活躍ができたのでしょう?
ひとつは彼が旧幕時代にすでに、ヨーロッパ文明にふれた
希少な日本人だったこと、しかしながら旧幕臣であったた
め、結局明治政府の内部には受け入れられなかった事、何
より明治という時代には未だインテリゲンチャーという階
層が、未だ人々の尊敬の対象でありえたということがある
でしょう。
大正・昭和・平成とインテリの相場はどんどん下落して、今
や大学生なんていうのは完全にプータロウ予備軍としか見な
されません。いや、大学生=インテリというのがもう無理が
ある認識なのですね。

ひと握りのインテリだけが社会的に特権的な立場にありえた
時代に、めぐりあわせから在野であらざるを得なかった福地
桜痴は、その才幹を用い、いろんな事業に手をだしていますが
結局どれも今イチどまり(「鏡獅子」はいい舞踊ですが、それ
はおそらく初演した九代目団十郎の力でしょう)。円朝に「死
神」を教えたのが彼だとしたら、その主人公に自らをなぞらえる
自嘲があったのかもしれません。

福地桜痴は明治39年の明日、1月4日64歳で死んでいます。
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by shanshando | 2006-01-03 16:48 | ■古本屋の掃苔帖


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