2006年 01月 10日
使い古された陳腐な常套句だが、上村一夫の描くエロスの陰には タナトスの香りがある。 例えば、男なら初めて精通をみた瞬間の戸惑いと不安さの中に、生が 確固たるものだと思っていたのは幻想に過ぎず。死の大海の中に浮か べられた木の葉がかろうじて沈まずにいる偶然に等しいものだと知らされ、 その不安がまた更なる情欲を生んでいくという事に、言葉として認識せぬ までも、諦めに近い予感を抱くように、エロスは常に背後に死の陰を引き ずっている。 久世光彦をして「昭和最後の絵師」といわしめた匠に対して、非礼を顧みず 敢えて断言するが、上村一夫という漫画家にとって、この世の中に対して 言いたかったことは以上に尽き、それ以外には特になんにも言うべき事はな かったのではないか。 さっぱりしたもんだ。 親友である阿久悠の書く歌が、ヒットしては泡沫のように時代の中に消え去 っていくように、多作だった彼の作品もそのひとつひとつは、時代の波に呑 まれ消えてゆくことを前提として描かれている。 上村一夫の死因はどう調べても判然としない、わずかに「昭和叙情歌 50選 蛍子」の下巻の久世光彦のあとがきから、アルコールが原因 のひとつであった事を類推できるのみである。 酒と仕事の間を往復しながら、時に久世光彦の誘いでドラマにも出演していた らしい。「寺内貫太郎一家」の呑み屋の場面でいつも出てくる酔漢の役は 原作者向田邦子によって「品川巻造」という役名であったらしいが、記憶にない。 酔うとギターを弾いて歌ったらしく、それは又中々のものであったとか、45歳 早死にに違いないが結構人生を愉しみ尽くしていたのではないか。 昭和の漫画史を振り返り改めて、後にも先にも上村一夫は他に類例を見ない 異色の作家いや職人であったと知る。 亡くなって今年でちょうど20年、上村一夫は1986年の明日1月11日に亡くな っている。
by shanshando
| 2006-01-10 16:48
| ■古本屋の掃苔帖
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