上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 01月 27日

古本屋の掃苔帖 第百六十五回 エリソン・オニヅカ

太平洋戦争終結の翌年ハワイ島のコナで生まれている。
両親はコーヒー園を経営する日系二世で、先祖は福岡県の
浮羽町の出身である。
コロラド大学在学中から、アメリカ空軍の予備将校の訓練を
受けており、卒業と同時に少尉として入隊。
1978年、スペースシャトルの飛行士候補に志願、230倍の
難関を勝ち抜き候補生となるが、実際に搭乗のチャンスが巡
ってきたのは7年後になる。
1985年1月24日、スペースシャトル・ディスカバリーに乗り込
んだ彼は、国防省関係の任務をこなすかたわら、宇宙ではじめて
箸を使う、宇宙ではじめて寿司を食べるなどのパフォーマンスを
演じて見せ。無事地球に帰ったその夏、家族とともに浮羽町に墓
参をしている。

戦後のハワイで日系人の子どもとして育った彼は、幼い頃から
戦時中の日系人部隊の話など聞いてそだったという、父祖の地
に錦を飾るという思い入れは、同世代の日本人より、強かったの
だろう。浮羽町でもまた在米日系人社会でも、彼はいまだに語り
継がれる英雄なのだ。

翌1986年1月28日に打ち上げられたスペースシャトル・チャレ
ンジャー(オービタ)は、意識的に女性や他人種のクルーの搭乗
が決められていて、これにエリソン・オニヅカも選ばれている。
二度目の飛行で彼は父祖の地を偲ぶどんなパフォーマンスを考
えていただろう。
アメリカ東部標準時間の同日11時39分打ち上げ、その73秒後
に爆発をおこし、炎上、海面に墜落し、搭乗員全員死亡した。
のちに行われた調査によると、搭乗員室は爆発の被害を受けて
おらず、搭乗員の死は海面に激突した時の衝撃によるものと考
えられる。

エリソン・オニヅカ 享年39歳
 
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by shanshando | 2006-01-27 15:14 | ■古本屋の掃苔帖


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