上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 02月 02日

古本屋の掃苔帖 第百七十回 福澤諭吉

「人間臨終図鑑」で山田風太郎は、一万円札に福澤の肖像が
使われた事を指し、もっともそういう事をされたがらない人間を
わざわざ選んでいるとし、「人間死んでしまえば、生きている奴
に何をされても無抵抗である。」と書いている。
私の深読みかもしれないが、この言葉には別に含みがあるよう
に思う。
福澤は脱亜入欧を唱えるとともに、日本の大陸侵攻をあおった
文化人であるが、その全集には明らかに感情的な中国や朝鮮
半島人に対する侮蔑の言葉を並べた文章が収められている。
実はこれは全集の編纂にあたった石河幹明が勝手に自分が書
いたものを紛れ込ましたものらしい。

日本が、列強の恫喝によって植民地化される危機を如実に感じ
ていた福澤としては、脱亜入欧とそのためには日本自身が植民
地を持たねばならないという考えは、譲れない物だったかもしれ
ないが、だからといって差別的な言辞をあえて論文に載せるほど
愚かではなかっただろう。
近視眼的な情況分析だけで理想をもたない思想というのは、伝
えられる内に質を低下させ、富国強兵=脱亜入欧=大陸侵攻と
いう三点セットの妄想は、昭和初期まで伝えられるに及んで、結
果的にこの国を稀に見る愚行に走らせる事になる。
責任は、他人の論文を改ざんする石河ごとき小者にあるのでは
なく、勿論福澤自身にある。

福澤諭吉の戒名は大観院独立自尊居士であるが、福澤の言う
独立自尊とは他者の犠牲の上に成り立つ独立自尊なのか。

自伝によると、34、5で酒をやめ、老いては菜食中心の食事、
一日6キロのウォーキングを実践していた福澤だが、64歳の時
おこした脳溢血が67歳の1901年1月25日に再発、同年の明日
2月3日死亡している。
遺言により、湯かんもせず土葬された遺体は、後に掘り出された
時、死蝋化していて生前のままの容貌であったという。
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by shanshando | 2006-02-02 17:51 | ■古本屋の掃苔帖


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