上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 02月 04日

古本屋の掃苔帖 第百七十二回 末広鉄腸

小林清親の絵に見る明治初年の東京は、ガラリと広い
空が印象的で、その下に棲んでいた人々の胸に綯い交
ぜになっていたであろう不安と希望が映しだされてい
るように見える。

明治維新は革命ではなく、クーデターに過ぎなかったと、
中学の時、歴史の教師が言っていたが、なぁに庶民の立場
から見ればクーデターも革命もさして違いが無い。
庶民の殆どは一体何がどう変ったのかわからないまま、時
に変化を喜んでみたり、やっぱり昔が良かったと言ってみ
たりしていたのだろう。

明治政府がやった業績のなかで、あきらかに正しかったと
思われる事がひとつある。教育に力を注いだことだ。
もともと、江戸の頃から日本は識字率という点では世界平
均で見ても高水準であったといわれるが、さらに明治政府
は富国強兵のため人材を広く庶民の階層にまで求めようと
して、学校制度の整備に力を入れた。おかげで、勿論多く
のとりこぼれはあったものの、国民の大半が新聞くらいは
読めるようになった。
為政者にとって、教育というのは諸刃の刃である。字が読
めるようになって育つのは、お上に従順な奴ばかりではない。
当然、異を唱える奴、逆らう奴、逆らわないまでも不満を抱
える奴が出てくる。そういう奴を、押さえつける為の道具と
して天皇制を利用するわけであるが、それはとりあえずここ
では置く。

伊予宇和島の人、末広鉄腸が明治19年に上梓した政治小説
「雪中梅」は30万部を越す大ベストセラーとなった、これは
福沢諭吉の「学問のすゝめ」に次ぐ記録である。
末広鉄腸は「東京曙新聞」の主筆、「朝野新聞」の編集長を
務め、そのたびに悪名高い新聞紙条例や讒謗律にひかかり、
禁固刑や罰金刑に処せられている。いわば反体制マスコミの
寵児であるわけだが、自由民権運動の中では漸進派といわれ
る穏健主義である。
 明治19年には近未来政治小説ともいうべき「二十三年未来
記」も上梓して(こちらが処女作)、明治23年に開設を予定さ
れていた帝国議会が政党の乱立によって混乱するさまを描いて
いるが、実際にその年になると自分も立候補して議員になって
いる。その後一度の落選を経て、明治27年には返り咲いて全院
委員長に就任しているが、その歳が45歳。明治の政治家は若い
ねー。
しかし、その二年後明治29年の明日、2月5日には舌ガンのため
47歳で死んでいる。
なお、岩波文庫にはいっている「雪中梅」は只今絶版再版の予定
なしである。
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by shanshando | 2006-02-04 23:01 | ■古本屋の掃苔帖


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