上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 02月 15日

古本屋の掃苔帖 第百八十二回 キース・ヘリング

もう10年くらい前になるだろか、東京の山手通り(環状六号線)
に面した、工作舎の旧社屋の傍にいつも落書きに悩まされている
塀があった。落書き小僧達にも、やはり意欲をそそると云うか、
描きたくなっちゃう壁というのがあるらしく、其処の塀は何度
塗りつぶしても、すぐにまた、下手糞な落書きが描かれて完全に
鼬ごっこになっていた。おそらく相当業を煮やしていたと思われ
る塀の持ち主はある時妙案を思いついた。則ち下手な落書きを塗
りつぶすと同時に、プロとおぼしきイラストレーターに頼んで、
小僧どもが恐れ入るくらいの上手でかっこいいイラストを塀いっ
ぱいに描かせたのだ。

1980年代以来、それまでアートシーンの主流として語られる事が
少なかったグラフィックアーティスト達が、時代の波に押し出され
るようにして、一気に時代の寵児となった。ニューヨークの落書き
小僧キース・ヘリングはまさにその象徴的な一人だった。
1983年の「美術手帖」5月号は、その年来日したキース・ヘリング
が神宮前のギャルリー・ワタリの特別館と称するビルの内壁、外壁
一面に落書きをしている姿を写真入りで紹介している。写真で見る限
り三階建てらしき白いモルタル壁のビルは、彼にとって手頃なキャン
パスだっただろう。写真の中の作品も描いている彼自身も実に楽しそ
うだ。
1958年生れの彼が、ピッツバーグで個展を開いたのが78年、ニュー
ヨークでチョークドローイングを始めたのが79年、83年にはもう売り
出し中だったのだろうが、いきなりビル一個をキャンパスとして提供
したギャルリー・ワタリの慧眼には恐れ入る。ポップアートの旗手の
中にも様々ある中、キース・ヘリングはまさに金になる才能の持ち主
だった。

現在、東京の街にはイラストレーターの卵やアーティストの卵はごまん
と居るが、キュレイターやプロデューサー志望の若い人はそれにくらべ
て圧倒的に少ないようである。21世紀のアートシーンをリードするのは
中国だというような話も聴くが、この分野でもまた中国に負けたくなけ
れば、必要とされる才能はクリエーターよりむしろ有能な企画制作者だ
と思うのだが……。

今もTシャツのデザインなどとしても売れ続けているキース・ヘリング
がエイズで抵抗力を失った身体に合併症を得て亡くなったのは、1990年
の明日、2月16日である。
享年31歳。
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by shanshando | 2006-02-15 21:20 | ■古本屋の掃苔帖


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