2006年 02月 18日
昭和22年に出版された尾崎士郎の「謫居随筆」を読む。 謫居とは、罪を受け配流され暮す事で、戦時、林房雄などと共に 「新日本文化の会」を結成、従軍取材などして戦争協力をしたと して、戦後公職追放された彼が自ら流人の心境で伊豆に隠棲した 時の心境を書いたものである。 時代柄、漢語旧字の多い文章で、昨夜彼の同窓80年の後輩にあた る家人に読みきかせて貰ったところ、(最近眼精疲労のせいか或は 老眼か、兎に角戦後の印刷状態の悪い細かい文字が私には判読しに くくなっている)数行毎につっかえる、これは何も都の西北の学力 が80年のうちに急低下したということではなく、単に習慣の変遷だ ろうけど、旧字はともかく漢語はあきらかに著者が気取り過ぎている ように思う。たしか「人生劇場」ではこんな文体じゃなかったはずだ。 以前、私は漢文の素養がある人の文章は簡潔で好きだと書いたが、こ の場合、元来、男性的な自愛自負のつよい著者が自らの精神的落魄を 韜晦するために用いているように見える。 平たく云えば、インテリ爺ぃの繰り言である。といってもこの時彼は 40代の筈であるが。 この中で彼は、多くの若者の命を無為に失ったことを惜しみながらも 戦争に巻き込まれた以上敗北を期待した男が一人でもいただろうかと 云い、自らの言論人としての責を逃れようとし、むしろ戦後荒れた世 相を傍観者として80爺ぃのように嘆いているが、これはみっともない 限りだ。 三島由紀夫はこの作家を「男性的な作家」と評価していて、実際にそん な資質から多くの後輩から慕われもしたようだが、私はこんなみっとも ない無責任が男性的ならおかまの方がズッと偉いと思うのだ。 「男性的」が看板なら、敗戦と同時に腹を切ればいいのに、連綿と戦後 を生き1964年の明日、2月19日尾崎士郎は死ぬ。享年65歳。 今また、再軍備にむけて威勢のいい言論人が多いようだが、いざ道を誤 ったと気付いた時、彼等は責任をとるだろうか?
by shanshando
| 2006-02-18 22:47
| ■古本屋の掃苔帖
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