上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 02月 19日

古本屋の掃苔帖 第百八十六回 武満徹

「作曲するということは、ぼくをとりまく『音の河』にどんな
意味を与えるかということだろうと確信した。」(「音,沈黙と
測りあえるほどに」より)
武満のいう「音の河」とは、楽器で演奏される音色だけではなく
街の雑踏、人々の話声、風の音など自然界にあるすべての音の集
合体を意味している。

この、極貧のため正規の音楽教育をうけることができず、手が小
さいためピアノの演奏にも難があり、しかも本人の弁によれば吃
音障害をもった、音楽家としてネガティブな要素を多く持った人
間が、世界に名をとどろかす作曲家となりえたのは、じつは却っ
てそのネガティブな条件のせいだったかもしれない。
様式や方法論がすでに確立されている世界で、それを突き崩すのは
常にその既存の世界から落ちこぼれ疎外されたものである。
有名な逸話だが、若い頃金がなくてピアノを持てなかった彼は街を
歩き、ピアノの音が聴こえる家を見つけると飛び込んで頼み込み、
弾かせてもらったという、つまり彼は街を歩く時に視覚よりも聴覚
により意識を傾けていた事になる。必然街路の騒音や自然音も平行
に受け取る事になる。どこか食物を求め這う蟻に似ている。

彼の作品は後期になるにつけて甘みを増しており、それが却って
評価の高い若い頃の作品よりも、彼の人間性を多く語っているよう
に思えるのは、彼の基調がこの音の匂いを探し歩く蟻であることに
彼自身が拘泥し続けたからではないだろうか。常に世界は彼を囲ん
で巨大でなければならない。そう意識する事によってはじめて安ら
ぎを感じる彼がいた、のではないか。
デビュー曲「2つのレント」を評論家山根銀二に音楽以前と酷評さ
れ、映画館の暗闇でひとり泣いたというが、じつはその涙は山根ご
とき浮薄な権威主義者のために流されたものではなく、蟻である自
分を覆いつくしている世界が永遠に届かないほど大きいと感じられ
た事にたいする感激の涙ではなかったか?

偉大なる音の蟻武満徹は1996年の明日、2月20日膀胱癌のため死
んだ。死に先だって彼は「死んだ男の残したものは」という自分自
身にたいする鎮魂歌ともとれる曲を発表している。
享年65歳。
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by shanshando | 2006-02-19 15:40 | ■古本屋の掃苔帖


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