上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 02月 24日

古本屋の掃苔帖 第百九十回 城達也

「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、
遥か雲海の上を音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙
の営みを告げています。
満天の星をいただき、果てしない光の海を豊かに流れ行く風
に心を開けば、きらめく星座の物語も聞こえてくる夜の静寂(
しじま)のなんと饒舌な事でしょう。
光と影の境に消えて行った遥かな地平線も、瞼に浮かんでま
いります。
……」

私は「何とかと、煙は…」の譬えにたがわず高いところが好きで
ある。
若い頃は、深夜酩酊すると街中の高層マンションの鉄骨階段を
駆け上がって屋上にある貯水槽の上に座り込み、東の空が白々
明けてくるのを待っているのが好きだった。
日々抱えていた焦燥や不安がその瞬間は、清浄な朝の大気に
洗われたように無くなり、自らの存在もその空気に溶け込ませて
雲散霧消してくれぬものかと思ったりした。

はじめて外国に行くために飛行機に乗ったのは確か28歳くらい
の頃で、やはりその時も窓外に広がった太平洋上の夜明けの景
色に似たような感慨を得た。以来、今も飛行機に乗るたびに、恥
も外聞もなく窓際の席をキープして、起きている限りは窓に鼻を
くっつけている。飛行機に搭乗するのが仕事の人ならいざ知らず、
一般の人間はどんなに旅好きでも、一生の内に体験できる飛行
時間は知れている。二十歳から毎年50時間のフライトを50年間
したとして、ようやく2500時間。三分の一年にも満たない。

城達也の「ジェットストリーム」は素敵な番組だった。冒頭に掲げた
名台詞を毎晩聞かずには眠れない人が随分いたはずだ。1967年
から94年までの27年間ウィークデイの夜空に送信し続けた。
一口に27年というが、四半世紀の余である。はじめた年に生まれた
子供は27歳になる(あたりまえだが)。その長い年月を古びた感じ
を持たせず続けられたのは、一重に彼の訓練された正統派の喋り
のお陰だろう。この番組の城達也に憧れた愚弟は、生前彼が所属
した同じ事務所に所属しナレーターになった。声の音域が近いため
冒頭の台詞を真似させるとうまいもんである。いつか、弟が今の伊武
雅刀氏にかわりこの番組を担当する日が来ないかと楽しみにしている。

1967年7月に「ジェットストリーム」を始めた時36歳だった城達也は
63歳になった1994年12月の最後の放送に「さようなら」というメッセ
ージを残し、翌1995年2月25日喉頭癌のため亡くなった。
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by shanshando | 2006-02-24 15:41 | ■古本屋の掃苔帖


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