上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 03月 01日

古本屋の掃苔帖 第百九十三回 鏑木清方

清方の描く人物は眉間から鼻梁にかけて強く内面を覗かせる。
唇はそれに比べて、無表情にあわされている場合が多いが、
例外として、彼が思い入れを強く持っていたと思われる、人
物に関しては、唇にも強い表情を持たせている。
季節の情趣や空間のドラマ性に力点をおく場合は、顔に浮か
べる表情は淡いほうが効果的だろうし、人物の内面に力点を
おく時は逆である事は素人考えにもうなずける。
昭和15年に描かれた「一葉」は樋口一葉の叢書に載せられた
写真をもとに描かれているが、其の画の中で一葉女史は怖い
ほどに強い内面を覗かせ空間を凝視して、唇はこれまたキッ
とばかりに強く結ばれている。周囲には左に裁縫箱、右には
文机に原稿用紙と筆が配され、頭上にランプが灯されている。
一葉は行儀よく膝に両手を置き端然と座っているが、表情は
きつい。

明治29年に、「たけくらべ」を読み、仲間内の回覧雑誌で其
の場面を描いた頃、清方は18歳いまだ修行中の身、一方一葉
はその短い生涯で一番華やかな時期を迎えていた24歳、当時
湯島に住んでいた清方は遭おうとすれば遭える距離に住みなが
ら、そうして後年に至っても「たけくらべ」の一節を暗誦できた程
に敬愛しながら、ついぞ生涯遭う事はなかった。翌年、清方19
歳の年に一葉は遭おうにも届かない遠くに逝ってしまったからで
ある。
至上の恋愛とは、失恋と片思いである。と云ったのは誰であった
ろう。清方は永遠取り逃がしてしまったからこそ、一葉を胸の内
で永久不変の偶像にする事に成功した。

一葉が逝ってから74年、1971年の明日3月2日老衰によって
他界した清方は93歳。中年親父と若い娘の組み合わせは醜悪と
して世の非難を受けるが、93歳の清方と24歳の一葉が冥界で睦
みあう姿を想像する事は、いっそ清々しい。
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by shanshando | 2006-03-01 20:26 | ■古本屋の掃苔帖


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