上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 03月 03日

古本屋の掃苔帖 第百九十五回 ルーキー新一

「芸人に下手も上手もなかりけり、行く先々の水にあわねば。」
なんだか、受身で威勢が悪くって好きな言葉じゃないが、でも
まさにその通りなんだろう。
ルーキーは、下手か上手いかで云えばあきらかに上手いコメ
ディアンだった。丸顔で寸の詰まった身体に押しつぶしたような
嗄れ声。資質としても、完璧に近いものを持っていた。
服の胸をつまんでオッパイに見立ててやる「イヤァーン、イヤァ
ーン」や「これはえらい事ですよ、これは」などのギャグも受ける
と必ず毎回やらされる、吉本的なクドサはあったが。なにしろ彼
が出てくるだけで、ブラウン管が華やいだ。

芸人としての出発は松竹芸能であったらしいが、すぐに吉本に
移籍、「てなもんや」や「スチャラカ社員」でスターになり、新喜劇
で座長もやったが、やがて吉本を離れ自分の劇団を持つ。
同じように吉本で育てられ、独立して今も活躍する藤田まことや
財津一郎と彼の明暗を分けたのは、この劇団時代におこした恐
喝事件であった。女性劇団員の入浴を覗いた男を恐喝したのだ
が、結局その当時から金に困っていたということなのだろうか。
後先はわからないが弟の現レツゴー正児も劇団を離れて行っ
ている処をみると、劇団の主宰者としては不向きだったのかもし
れない。その後は、凋落の一途をたどる。

ただ一度1976年に浅草松竹演芸場で、「芸能生活15周年」の
興行をやって、ルーキー新一復活かと言われるが、結局それき
りでまた沈潜、4年後の1980年の明日、3月4日大阪守口市
で死亡する。死因は衰弱死とされているが、どうやら餓死であっ
たらしい。
享年44歳。
死んだ子の歳を数えるような事をしてもしょうがないが、もし松竹
芸能が凋落しかけた頃のルーキーを拾って、適当な機会を与え
ていれば、彼ならば藤山寛美なき後の松竹新喜劇を継いでいけ
たかもしれない。そうなると、キャラクターがかぶる弟の正児はや
りにくかっただろうけれど。
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by shanshando | 2006-03-03 17:02 | ■古本屋の掃苔帖


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