上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 03月 22日

古本屋の掃苔帖 第二百十一回 天本英世

すべての舞踊は重力への抵抗、反発がその重要な構成要素に
なっている。膝を折り曲げ、腰を落とし、遂には尻を地に着
けてしまう事は、生を放棄し死に身を委ねることを意味する。
フラメンコに代表されるラテン系のリズムは、まさに地を踏
み続けることによって、死への抵抗を主張しているが、それ
は同時に死への甘い憧憬も暗示している。

スペインの内戦に対する興味から、ロルカにそしてフラメン
コやスペインそのものに憧れ愛し続けた天本英世は、その痩
躯をスペイン風の衣装に包み飄々と町を闊歩する人であった。
晩年の2年はクリーニング店の2階の空き部屋に夜だけ寝に
帰るという生活をしていたが、べつにホームレスというわけでは
なく、ちゃんと持家を持っていたが其処を維持管理しようという
気がさらさらなかったらしく、荒れるにまかせていたらしい。
家の耐震補強に頭を悩ませ、不良品をつかまされたと知ると
人生の終わりを迎えたような大騒ぎをする昨今の日本人から
見ると、不思議な気がするくらい所有や安住という意識に対
して恬淡とした人であった。
家などは物に過ぎず、物はその時々に最低限の用を成せば良
いのであって、使えなくなったら捨てればいいのだ。そんな
覚悟には我々はなかなかなれず、家族の安全や衛生を理由に
棲家に手を加えつづける。天本英世に云わせればなんと無駄
な生き方だ!と云う風になろう。

阿佐ヶ谷の駅頭でよく見かけたが、そのクリーニング店は阿
佐ヶ谷にあるのだろうか?一度その部屋を見たいものだ。
その部屋で身繕いをし、クリーニング店の店主が出店する朝
6時半には町に出、ドーナッツショップなどで時間を潰したと
いう。
寒風吹きすさぶシーズンにやはり阿佐ヶ谷の駅頭で彼と行き違
った事があったが、まさに風を切って立ち尽くす、見事な舞踊
体であった。あの時、彼の胸の内にはスペインの陽光が降り注
いでいたのだろうか?

俳優にして朗唱家天本英世は2003年の明日、3月23日急性肺炎
のため亡くなり、遺骸の一部は遺言にしたがい、スペイン・アン
ダルシア地方のグアダルキビール川源流付近に散骨された。
享年77歳。
彼は天皇制などくだらないとテレビでもはっきり言い切る人であ
った。編集され放映されたことはないが。
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by shanshando | 2006-03-22 21:32 | ■古本屋の掃苔帖


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