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2006年 04月 20日

古本屋の掃苔帖 第二百二十八回 マーク・トウェイン

マーク・トウェインことサミュエル・ラングホーン・クレメンズは
1835年、法律家の父の第6子としてミズリー洲のフロリダという
小村に生まれた。この村は彼自身が生まれることによって「人口が
1%増えた」というから、精々人口100人程度の村だったというこ
とになる。
彼が4歳の時に一家は、それより少し大きな(人口1,000人程度の)
ハンニバルという町に移住しており、この町が彼の代表作「トム・
ソーヤの冒険」の舞台になっている。
父ジョン・マーシャルは、彼が12歳の時に亡くなり、彼は13歳から
町の新聞社で植字工見習いとして働いている。
16歳、兄のオリオンがおこした新聞社に移り、ここで初めて初めて
新聞記事を書いていて、30歳代半ばくらいまで主にそれが彼の職業
となる。
31歳の時、ニューヨークのサタデイ・プレス誌に掲載された「ジム・
スマイリーと彼の跳ね蛙」が出世作となり、やがて全米的な知名度を
持つ作家となる。「トム・ソーヤの冒険」を書いたのは41歳の時であ
る。

彼のユーモアの源泉になっているのは反骨精神であり。ルーズベルト
が行ったフィリッピンの主権をめぐる米西戦争の実態を知ってからは
明確に反帝国主義を掲げていて、このため現代にもし彼が生きていれ
ばブッシュのイラク政策を攻撃したことは、間違いないだろうと言わ
れている。

彼の警句をいくつか揚げてみる。

「多数派は常に間違っている。自分が多数派にまわったと知ったら、
 それは必ず行いを改めるか、一息入れて反省する時だ。」

「わが国には、言葉では言い表せぬほど尊い宝物が三つある。それは、
 言論の自由と良心の自由とその両者を決して使おうとしない慎重さだ。」

「何事にも訓練が大切だ。桃も昔は苦いアーモンドだった。カリフラワ
 ーも大学教育を受けたキャベツに過ぎない。」

「生まれた時が八十で、それからだんだん十八になっていくのだったら、
 人生は果てしなく楽しいことだろう。」

父の早逝やそれ以前からの貧窮にも関わらず、豊かな少年時代を送った
マーク・トウェインは、自分の得た宝物を文学と云う形で後世の子供たち
に遺し、1910年の明日4月21日狭心症により他界した。
享年75歳。
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by shanshando | 2006-04-20 16:11 | ■古本屋の掃苔帖


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