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2006年 04月 28日

古本屋の掃苔帖 第二百三十三回 島田清次郎

石川県美川町にある墓には「文豪島田清次郎の墓」と刻まれている
という。当人の遺志に拠るものであるか、それとも遺族縁者が建ても
のであるかは知らないが、兎に角この滑稽の感をまぬがれない墓碑
こそ、はしなくも彼島田清次郎の人生を象徴してしまっている。

島田清次郎はその美川町の回漕業を営む家に生まれたが、父親が
死んで家は没落、金沢の色町で貸し座敷業を営んでいた母親の実家
に母子で寄食し育っている。貸し座敷業という言葉は例えば祇園の御
茶屋なども表すので曖昧であるが、この場合女郎屋であったらしい。
こうした幼少期の体験が彼の文学と人生に大きな影響を与えた。という
言い方は非常に陳腐であるが、やはり島田清次郎の場合そう言わざる
を得ない。

彼の代表作で、大正期に記録的な売り上げをあげた「地上」は、今読む
と(多くのベストセラーがそうであるように)気恥ずかしくなるような陳腐な
ストーリーであるが、人生の最後に狂気に陥る彼の精神の軌跡が読ん
でとれて、その意味で面白い。自らの分身を主人公にしてヒロイスティッ
クなドラマを書く神経は一種新興宗教の教祖にも似て、あたると大ブレ
イク、外れれば精神異常の名を戴き、社会から疎外されることになる。
島田清次郎の場合、幸か不幸か若年にして「地上」がベストセラーにな
ったため狂気の振幅を大きくした。
狂気は個人的な状態であり、誰しも抱えている物だが、精神異常という
のは社会的な認知であって、個の狂気が社会という触媒に触れておこる
一種の化学反応なのだ。島田清次郎の精神異常を遺伝的なものだとす
る本もあるが、「地上」のような未熟な主観の産物を受け入れてしまう社
会という触媒なしに彼の精神異常が悪化したとは私には思えない。

どんな創作も狂気の産物であり、狂気の度合いが激しいほど作物が名
作になる可能性を持っていて、狂気の幅が少ない人間は往々にして、妙
に客観的でつまらないものしか書けないわけだが、社会との齟齬をおこし
てしまうような狂気はやはり受け入れられない。バランスを保ちながら狂う、
そんなこと出来るわけがない。

島田清次郎は、大正11年「地上」の印税で世界一周旅行に出かけ、この
頃から自分を天才だと信じ込み、「精神世界の帝王」であると思い込む
ようになり、元々尊大だった態度に拍車がかかり、社会とのそりが合わな
くなっていく、12年には婦女暴行事件をおこし人気が失墜、経済的な困
窮とあいまって、若年性の痴呆症(現在の認知症と同じ物であるかは、
判らない)を発病。精神病院に収容され、昭和5年の明日、4月29日結
核のため東京府下西巣鴨庚申塚保養所で死去する。
享年41歳。
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by shanshando | 2006-04-28 16:09 | ■古本屋の掃苔帖


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