上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 05月 16日

古本屋の掃苔帖 第二百四十四回 海野十三

何だかまたワールードカップとやらで姦しい限りである。
人間、時に理性を忘れてはめをはずすべきだと思うが、群れて
狂う奴らはハーメルンの鼠と同一である。

興居島屋の近所にはサッカーの大きな試合のたびに、店内の
モニターにテレビ中継を映し出し、客たちがもりあがる店がある
が、あの狂熱ぶりを観ていると、うすら寒い思いがする。
大袈裟だと言われるかもしれないが、大東亜戦争を支持した戦
前の群集もあんなふうだったのではないかと思うのだ。
Jリーグが出来、ワールドスポーツであるサッカーが日本の大衆
に浸透する事は、為政者にとってナショナリズムを煽る上で、非
常に都合が良い事なのだろう。
環境問題にしろ、エイズなどの伝染病問題にしろ、エネルギー問
題にしろ、食料問題にしろ、超国家的な視野で考えなければいけ
ない問題が、山積している時にナショナリズムなど煽ることに何の
意味があるのか?
全世界的な問題の解決などありえあないから、アメリカに追随して
勝ち組に残ろうというのか?

さて、そのアメリカに非戦闘員の無差別殺戮をかまされた昭和20
年の8月、海野十三は一家を道連れに自殺をすることを考えてい
た。昭和17年から文学挺身隊を組織して戦争協力をしてきた彼の
敗戦日記には、19年末、20年に入っても今や嘘の代名詞になっ
ている大本営発表をそのまんま信じ込むような記述が見える。
太古に朝鮮半島から渡来した征服王朝にすぎない天皇家を神格
化して崇拝するその記述は、言っちゃァ悪いが殆ど痴呆である。
この痴呆が、戦前からの少年読み物の王者として、判断力の未成
熟な少年たちを煽動し続けてきたのである。死んで当然といえば、
当然だ。
本人が自殺するのは結局誰の益にならぬにしても勝手だが、家族
まで巻き添えにしようとしたところが、痴呆の痴呆たる所以というか、
人迷惑なヒロイズムを象徴している。結局、友人にとめられて、思い
止まっている。

繰り返し言うが、愛国心など性欲と同レベルのエゴに裏打ちされた
劣情の一種に過ぎなく、個人が勝手に抱く分には勝手だし、あるい
は精神の均衡をえるために必要な場合もあるだろうが、国家が干渉
し、教育のカリキュラムで愛国心を指導するというのは、セックスレ
スな若者を矯正するために学校でエロ本を配るようなものである。

終戦の年には生き延びた海野十三は、敗戦のショックから立ち直れ
なかった為か、その後身体の不調が続き、昭和24年の明日、5月
17日結核のために死んだ。
享年51歳
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by shanshando | 2006-05-16 14:59 | ■古本屋の掃苔帖


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