上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 05月 18日

古本屋の掃苔帖 第二百四十五回 竹中労

右がかった発言をするのが流行のようである。
いや、流行などと見過ごしていては大変なことになりそうな雰囲
気だ。「愛国心」に「共謀罪」、「格差の容認」。野党にとっては政
府を攻撃するための材料にことかかない昨今だが、結局歯切れ
が悪いのは、野党も内心同腹のせいだろう。
「TVタックル」という番組を先週観たが、マスコミも同腹の様であ
る。実にあからさまに思想誘導に手を貸している。
一体反権力という言葉はこの国では死語になったのだろうか?

年譜によれば、戦後間もない昭和22年共産党に入党した竹中
労はその後、党に疑問を持ちながらもつかず離れずの関係を続
け、やがて見限り、「敢えて左右を弁別せず。」という立場をとるに
至る。右翼・左翼を弁別せず、ひたすらに反権力であるということ
だろうか。

話は飛ぶが、萩尾望都の漫画に「百億の昼と千億の夜」というの
があって、大昔に読んだのでうろ覚えなのだが、確か大義の象徴
である帝釈天に、正義の象徴である阿修羅神が永遠に勝利する
事のない闘いを挑み続けるという内容だったと思う。竹中労を思う
時、私はいつもこの阿修羅神を思うのだ。
大義と正義、それは絶対に永久に相容れないものなのだ。それは
共産主義国家が悲惨で醜い末路をたどった20世紀の歴史を見れ
ばよくわかる。
今、正面をきって反体制、反権力を唱えるものがいなくなった日本
は、政府・大資本のお先棒を担ぐインチキジャーナリストによって、
暗い時代に向かおうとしている。
あるいは、テレビという、完全に一方向で思想を流し込み、洗脳を可
能とするメディアが我物顔していた時代には、感じる必要のなかっ
た焦燥をメディアが感じ始めているせいかもしれない。インターネット
の普及は、考える民衆の台頭を導き、焦燥を感じた政府は「共謀罪」
を持ち出した。
疑うべきである。考えるべきである。発言するべきである。そうして安
易に徒党しないべきである。特定できない、掴みどころのない民衆の
意志こそ、管理者にとって不気味なものはないはずだから。

昭和62年、胃癌、肝硬変、重度の糖尿病に食道静脈瘤も発見され
余命3年長くて5年を宣告された。竹中労は、結局4年後の平成2年
の明日、5月19日61才でその無頼と反逆の人生を閉じる。
ずらずらと羅列された病名の中から、この無頼漢の命を奪うに至った
のは肝臓癌である。
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by shanshando | 2006-05-18 22:39 | ■古本屋の掃苔帖


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