上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 05月 23日

古本屋の掃苔帖 第二百四十八回 山田花子

5月はいやな季節である。
街には花が咲き乱れているし、晴れた日には風も良い香りを立て
ている。今年はなんだか雨が多いけれど、暑からず寒からずちょ
うど過ごしやすいシーズンなのに、何だか気が滅入ってしまう。
歳を経て、自分のメンタルバランスをたもつ術にも、それなりに長
けてきたつもりだったが、なんだかこの歳になって若い頃とは別の
焦燥や不安を感じるようになった。
よく言う5月病は、学校や会社などの年度替えにともなう生活の変
化が原因と説明される事が多いようだが、私のような自営業者にま
で似た様な症状があるという事は、本当はバイオリズムのような事
が関係しているのかもしれない。野口晴哉の著書でも読むと何か書
いているかもしれないが、今ひとつ読む気が起こってこない。

山田花子が死んで、今年で14年になる。
あの頃私はまだ興居島屋も立ち上げておらず。なないろ文庫の店番
をしていた。
当時九品仏にあったなないろ文庫は、戦後に建った六坪くらいの建
物で、ガロ系の漫画など置くと似合いすぎてしまうような、薄暗い古本
屋だった。私はそこの奥にあるさらに薄暗い帳場で週4日店番をしな
がら、後の3日はビルの補修の仕事で地上数十メートルを足場に働
いていた。
なんだか地底と上空を往復するような毎日をそれなりに気に入って過
ごしていて、人には理解されにくい日々の視点の変化の愉しみが理解
されにくい事そのものを自慢してすらいた。(なんなんだこの文章?)


その年の5月の上旬食中毒になった。
開店作業をしていると前夜から感じていた腹痛が突然激しくなって、
立っていられなくなり救急車を呼んで近くの総合病院に運ばれた。
原因菌は腸炎ビブリオ、身体が弱った年寄りだと死ぬこともあった
りすると、医者に脅かされ1週間絶食した。病室の窓から見える
家並みをボーッと眺めながら昼間を過ごし、夜は何故か多摩川の
河原を歩く夢ばかり見た。2週間経って、退院する時迎えに来てくれ
た人間が持参した数日前の新聞の死亡記事を指し示し、「それ山田
花子」と言った。新聞には確かAさんとしか書かれていなかったのに、
彼女がそれを山田花子と知っていたのは、多分神保町あたりの小出
版社に勤めていたからだろう。私はそれまで山田花子の漫画をあん
まり読んだ事がなかったのだが、5月の地平を上空から見ていると
そのうち私も飛び降りたくなるかもしれないと思い。まだ死にたくなか
ったので、そろそろビルの補修の仕事はやめたほうがいいと思い。そ
の後消去法で古本屋になった。というのはちょっと嘘だけど、ちょっと
本当です。
ああ、話がまとまらない。

漫画家山田花子は1992年の明日5月24日、マンションの11階から
飛び降りて自死した。
享年23歳
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by shanshando | 2006-05-23 16:04 | ■古本屋の掃苔帖


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