上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 05月 25日

古本屋の掃苔帖 第二百四十九回 初代柳家小せん

エイズなんて言う全くもって洒落にならない病が蔓延して、
買売春が下火になるかと、思いきやあいかわらず活況の態
とまでは言わないまでも、充分に繁昌しているようである。
やはり、「浜の真砂は尽きるとも」じゃないが人類あるか
ぎり、この業はなくならないようである。

落語の「蔵前駕篭」には、追いはぎに遭うのを覚悟で吉原に
行くと云う客に「ほぉーっ、偉いねぇーこの人は、女郎買い
の決死隊だね。」というセリフがあるが、性にまつわる事は
やはり多少リスクが伴うほうがいいらしい。

一盗、二婢、三妾、四妓、五妻と云う言葉があるが、五妻に
関しては現代人としてもまったく異論のないところだが、娼
妓、つまり買春が四番目という感覚はちょっとわかりにくい。
それだけいくらか売防法の効果があって売春が一般的ではな
くなったということだろうか?とにかく、人妻や使用人との
不倫より、買春は遥かにリスクが少ない遊びだったわけであ
る。
もっともこれは社会性というか体面に関わるリスクの事で、衛
生的なリスクは意味しない。当時も今も衛生上のリスクが一番
高いのは買春であろう。

遊びは、芸の肥やしというのは芸人の常套句で「私なども、研
究のために随分とあの里に通いました」などというセリフを、
一昔前の寄席ではかならず艶笑話のまくらで聞いたものだが、現
在では売防法以前の色里を知る芸人はわずかになった。

明治の落語家、初代柳家小せんは、嘘も隠しも無くその研究を熱
心にやった芸人だった。若いころからその才覚(落語の)を認め
られ、特に郭噺をよくした。彼の創作、改作になる噺が現代でも
多く残っているが、色里の研究および実地訓練の熱心が過ぎて、
梅毒に罹り29歳で失明、やがて腰も立たなくなり、担がれて高座
に出たが、やがてそれも出来なくなり晩年は後輩に稽古を付ける
ことで凌いだという。
明日、5月26日は大正8年に逝った「めくらの小せん」の86回め
の命日にあたる。
享年37歳。
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by shanshando | 2006-05-25 14:20 | ■古本屋の掃苔帖


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