上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 06月 02日

古本屋の掃苔帖 第二百五十四回 恩地 孝四郎

恩地 孝四郎に「飛行官能」という本がある。
青と黒の装丁も美しく、写真と版画と詩を配した中身のレイアウトも
さすがにかっこいい。
昭和9年に空から白秋の故郷柳川を訪れるという朝日新聞社の企
画によって得た初飛行の体験から作られた本である。
昭和9年といえば、昨日書いた日米野球の交流試合もこの年で、未
だ戦争の影もさほど差し迫っていなかったのだろうか、文化的にも
余裕というか希望のようなものがあったように思われる。
誰もまだ、その十年後に自分たちが追い込まれる悲惨な状況に気づ
いていなかったのだろう。
よく、戦前はそんな暗い時代ではなかったという事が言われるが、そ
れは当たり前で、庶民は自分たちの先行きが暗いなどとは思いたくな
いから、楽天的に過ごすに決まっている。楽天的に呑気に過ごしてい
ると、ある日突然愚かな為政者によってどん底に叩き落されるのだ。

とにかく、昭和9年自分たちの悲惨な運命を知らない日本人達は、ス
ポーツに大空に健全な夢を広げていた。
日本の民間飛行の歴史は明治にその端を発しているが、昭和9年の
この時期、いまだ庶民からは程遠い存在だった。大袈裟でなく、今の
我々がスペースシャトルに馳せる思いに近かったのではないか?いや
大袈裟かもしれないが、少なくとも自分が一生のうちに飛行体験をでき
るなどと思っていた庶民は殆どなかっただろう。
この夢の体験をリポートするのに、恩地 孝四郎は当時まさにふさわしい
人だったのだろう。
良い古書は、時代の空気を良く伝えるものだが、この「飛行官能」は当時
の人たちの新技術に対する胸の高鳴りをよく伝えている。

この初飛行の年43歳だった恩地 孝四郎は、戦争をこえて20年後の昭
和29年に日本橋三越で行われた国画秋期展に「私の死貌」という作品
を出品し、翌30年亡くなっている。享年63歳
明日6月3日は版画家で装丁家恩地 孝四郎の61年めの命日にあたる。
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by shanshando | 2006-06-02 14:25 | ■古本屋の掃苔帖


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