上々堂(shanshando)三鷹

shanshando.exblog.jp
ブログトップ
2006年 06月 10日

古本屋の掃苔帖 第二百五十九回 川島雄三

藤本義一の「川島雄三、サヨナラだけが人生だ。」は文句なくと言い
たいが、実は文句ありで面白い本である。
これは、川島の存命中シナリオライターとして仕事を手伝った藤本が
あちこちに書いた回顧談をひとつにまとめた物だが、同じ話の使いま
わしが多く、いい加減に頭にくるのだ。あくまで話そのものは面白いの
だが…。

川島雄三は、名作「幕末太陽伝」を作った名匠である。
名匠といっても、小津や溝口のようなお偉方ではない。作品はほとん
どコメディーばかり。コメディーを撮るとお偉方ではないと言う理屈には
随分と異論のある向きもあろうが、逆に考えればお偉方なんかにならな
くてシアワセという考え方も出来るから。お偉方でない名匠の川島は非
常にエライ。
当時の日活が、のちに押しも押されもせぬ日本映画の金字塔というべき
「幕末太陽伝」にどんな期待をしていたかは、そのタイトルをみれば良く
わかる。あきらかに当時流行していた石原裕次郎の「太陽族」ものにあ
やかってつけた題名だからである。
映画のストーリーは「居残り佐平次」はじめ幾つかの落語の寄せ集めで
ある。時代物なのにいきなり幕開けで現代(1957年)の品川の映像が
でてくるのは、「へへ、これから絵空事の世界へお招きいたしやす。」とい
う、川島の戯作者魂の象徴のようにおもえる。
おふざけの戯作映画に違いないが、考証はしっかりなされているらしく、江
戸時代の廓の風情など現代の時代劇とは比較にならないほど、綿密に描
かれ、落語好きの人なら是非この映画を観てから、廓モノを聞いてみると
いいと思う。まっ、とっくに観てるかもしれないが。

川島雄三は一説によると幼いころから患っていたといわれる筋萎縮性側
索硬化症のため監督昇進の頃から、身体が不自由になっていたが、背広
の上着にバネをしかけるなどして、身体の変型を隠し、19年間に51本の
作品を残して、1963年の明日、6月11日肺性心のためアパートの自室
で亡くなっていた。享年45歳。
[PR]

by shanshando | 2006-06-10 16:06 | ■古本屋の掃苔帖


<< アルカリ星、応答せよ      古本屋の掃苔帖 第二百五十八回... >>