上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 07月 01日

古本屋の掃苔帖 第二百六十九回 アーネスト・ヘミングウェイ

このところ毎朝の出張買取である。
出張買取のたのしみは予想外の本との出会いと、売ってくださる方
とのおしゃべりである。
店買いの場合はお客様も緊張されるのか、比較的雑談をして行か
れる方は少ないが、宅買いの場合いわばお客様のテリトリーにこち
らがお邪魔しているわけだから、お客様のほうはリラックスされ、本
やそれにまつわるご家族の話など色々伺う事がある。

今朝伺ったIさんのお話は、私には非常に興味深く思えたので、実名
はふせた上で書かせていただく。
Iさんご夫婦は、ご主人は鉄道関係の技術者で根っからの反戦左翼。
一方奥様は、親の代からのカソリックで保守思想の持ち主。永年連
れ添ってこの点では歩み寄ることは決してなかったという。
結婚の時は大変だったという。奥様のご両親は「あんな共産党みた
いな人やめなさい」と大反対。神父さんにともに相談に行くと、これも
まったく水と油で、ご主人は神父に、戦争の時カソリックはなんの反
戦活動もしなかったと批判し、神父はいやそんなことはないと反論。
ついには奥さんにこんな人やめて私が紹介するもっといい人と結婚
しなさいとまで言われたそうだ。事実ここまで反対が多いと奥さんも
やめようと迷ったそうだが、「どういうわけか一緒になっちゃった」と言
われる。
ご主人は東京や海外の地下鉄に多大な業績を残され、先ごろ他界
され、先月一度その蔵書を買い取らせていただきに伺ったのだが、
なるほど鉄道・土木に関する専門書とともに社会科学の本が多く、
いずれも書き込みが多いため商売にはならなかったが、その人の
人生の印画紙を見るような興味があり面白かった。
今朝あらためて伺ったのは、今度は管理栄養士としてお仕事をされ
てきて今もカクシャクたる奥様の蔵書を買わせていただくためで、
こちらは数は多くないけれど結構な物を買わせていただいた。
可愛いお孫さんとともに私が本を整理する傍にいらした奥様の話は、
さばさばとして明朗で、おそらく思想の違うご夫婦が永年お互い妥協
せず共棲してこれたのは、多分にこの方のご性格のゆえだろうと想
像した。

夫唱婦随などということが美徳として語られることは今更もう何処に
もあるまいと思うが、実際は夫婦や家族として共に暮らすと、何時し
か納得せぬままに相手の考えにどちらかが従っているということは
往々に見受けられる。
家族だけではない。たとえば会社や友達グループなどでも、いつの
まにか大勢をしめる意見になびきがちな性格を日本人は持っている
と思う。反対意見を述べて仲間はずれにされるのを恐れるからだ。
その点アメリカにはそれぞれがそれぞれの意見をもつ事をよしとす
る風潮があり、国家としては嫌いだが、人間としてのアメリカ人は私
は好きである。

アーネスト・ヘミングウェイという人はそんなアメリカ人の象徴的な存
在だと思う。彼の人生を彩るヒロイスティックな匂いには辟易するが、
自立した意志には敬意を払う。
その自立心がもっとも顕著に現れたのは、その死に方だと思う。
彼が30代の時にやはり銃で自殺した父親には批判的だった彼だが、
自らも人生の終焉を決意すべき時にきて、決然と自死を選んだ。
ライフルの手入れ中の事故だったとか、躁鬱病だったとかいう説が言
われているが、自らの尊厳を重んずる人間として自ら死を選ぶことは
けっして卑怯ではないと私は思う。
彼の死をそれぞれが自立を重んじるゆえに生まれた所謂「孤独なアメ
リカ人」の悲哀だったとは私は思わない。
死はこれ以上はないほどの孤独との遭遇であり、生も本来孤独なのだ。
どれほど愛し合ってると信じ込んでも、死をわかちあえないように、生も
わかちあえない。
よく、死んだ人が生きている我々の人間の胸のうちに生きているなどと
いう臭い文句を聞くが、そんなことありえない。胸の内に残っているのは
自分が好都合に作りなおした幻で、死ねば人間は終わりである。
自らの意志で終焉の幕をひける自由があればこそ、人間は自尊心をもち
他者をも思いやれるのではないか。

今もカソリックの信者でいられるIさんの御意志とは合わないだろうが、淡
々と明朗に亡くなられたご主人の事を語られる爽やかさにふれ、私はそ
んなことを考えた。

明日7月2日は1961年に自死したアーネスト・ヘミングウェイの命日に
あたる。
享年61歳
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by shanshando | 2006-07-01 15:10 | ■古本屋の掃苔帖


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