2006年 07月 07日
国書刊行会から、1997年に出された「吉行エイスケ 作品と世界」 という本は、冒頭に彼の三人の遺児の文章を載せている。長男淳之 介、長女和子、次女理恵。一応、この作品集の序文のような態をなし ているが、淳之介はこの本の出版年には既に他界しており、彼の文 は、昭和34年に発表した「娼婦の部屋」の中からの抜粋である。 淳之介の16歳、末子の理恵は漸く1歳になったばかりの昭和15年 に34歳で狭心症によって急逝したこの作家は、実質その晩年には 株屋に転じており、小説の筆は折っている。 年少の頃より、自らダダイストを標榜していたその文体は、若い気負 いに満ち満ちており、妙に新しがった表現は、息子に言わせると 「流行遅れになったニュールックの華やかな衣装を眺めている気持ち だ。デザインが華やかなだけに、味気なさも大きい。そして、その気分 に、創作者が肉親であるという気分が少々混じる。」ということになる。 娘たちも、この本が出される事になり、ゲラを手渡されるまで、父親の 作品を通読したことがなかったようである。 確かに、肉親としては、このいささか軽佻な感を禁じえない父の若書き に接するのは辛いだろうけれど。大正から昭和初期のモダニズムの香 りを偲ぶ資料としては、充分に面白いと私は思った。 テレビドラマの主人公にもなった夫人のあぐりの経営していた美容院の 設計は村山知義が手がけている。 そのあぐり夫人が、大東亜戦争勃発を前にしてこの世を去った夫の事を 「エイスケさんが生きていたら大変だったわよ、あんなに遊んだ人なんで すから」と言ったという吉行和子のあとがきが興味深い。どら息子で遊び 人の吉行エイスケは、戦争で窮屈になりそうな世の中にあっさり見切りを つけてあの世に一人でさっさとあの世に去った。普通なら頭にきていそう な夫人が、さっぱり許しているところをみると、やっぱりイイ男だったんだ ろう。 明日7月8日は吉行エイスケの命日である。
by shanshando
| 2006-07-07 17:05
| ■古本屋の掃苔帖
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