2006年 07月 13日

古本屋の掃苔帖 第二百七十四回 リチャード(ディック)・マクドナルド

1978年の夏、高校三年生だった私は、人並みに予備校の
夏期講座を受けるため、実家のある滋賀県草津から京都ま
で暑い中を毎日通っていた。思えば人生は無駄の堆積によ
って出来ているわけだが、そのことはまぁ置いておくとし
て、その時私には毎日楽しみにしていた日課があった。そ
れは午前中に予備校の講座が終わると、河原町の書店に寄
って買って来た様々な雑誌(たとえばすばる社から出てい
た月刊絵本や工作舎の「遊」など)を見ながら京都駅前に
あった「ウィンピー」というハンバーガーショップでポタ
ージュスープとハンバーガー、ポテトのセットで遅めの昼
食を食べること、まだ進路も全然決まっていないのに、早
くも暗かった高校生活からの開放を味わっていたわけであ
る。

記録を調べると、1972年にはマクドナルド日本一号店が
京都の藤井大丸一階にオープンしていたはずで、折角河原
町の本屋に寄っていたんだから、そこで食べてもよかった
はずなのだけど、デパートの一階の店というのはおそらく
混雑していて敬遠したのかもしれない。
とにかく、私はそれまで縁が薄かったハンバーガーという
食べ物にあの夏初めてなじみを得た。それまでもよく食べ
ていたホットドックより高級でお洒落な感じがして、まさ
にトキメク食べ物だった。

あれから、30年近くの時間が流れ、私もふくめハンバーガ
ーにトキメク日本人はいなくなった。雨後のタケノコのよう
にハンバーガーショップは日本中に同じ意匠、同じ商品展開
同じ接客で増え、風土のもつ情感を食いつぶすゴキブリのよ
うになってしまった。今時、子どもだってマクドナルドなん
か連れて行くといい顔はしない。
そういうことは、他のフランチャイズチェーンにも言える事
で、今までまず滅多に自分からすすんでフランチャイズチェ
ーンのレストランに足を運ぶことなどなかったが、小さな子
供をもって、少し考えが変わった。

いくつかのフランチャイズチェーンは子供連れの客に対する
思いやりをマニュアル化しており、全国何処へ行っても、そ
このチェーンでは必ず分煙化に注意がはらわれており、トイ
レにはおむつ替えシートが準備されている。これは中々有り
難い。フランチャイズも捨てたものじゃないと思って、先日
来子連れでの出かけ先で幾つかのマクドナルドに寄ってみて
裏切られた。
何しろ、何処へ行っても必ずと言ってもいいほどに繁殖して
いるチェーンだし、商品展開も店舗デザインもあきらかに子
連れを意識しているから期待したわけだが、数軒訪れて分か
った事は、ここのチェーンほど子連れに不親切なチェーンは
ない。分煙はしているけど、行ったところは何処も何故か喫
煙席のほうが広くとられ、店中がタバコ臭い。おむつ替えシ
ートのある店も少なくとも行った店にはなかった。

もっとも、おむつ替えシートなどは公共施設でも設置している
ところが少ないぐらいだから、日本中全体が意識が低いのだろ
うけど。

マクドナルドは1940年にロス・アンジェルスのサンベーナディ
ーノでリチャード(ディック)とモーリスの兄弟のマクドナルド
によって始められた。創業の理念は「とにかく清潔!」。
明日7月14日は1998年に亡くなったその兄弟の一人リチャード
の命日なのだが、日本マクドナルドでは、その兄弟の事業に後か
ら参入してフランチャイズ化に成功したレイ・A・クロックを創
業者と考えており、リチャードの享年その他については認識して
いなかった。

日本マクドナルドの創業者藤田田氏は創業に際し、「ハンバーガ
ーをずーっと食べ続けることによってやがて日本の若者の髪が金
髪になる。」といったらしい。 冗談だと思うけど、ちょっと怖い。
フランチャイズシステムはひょっとしたら人間のなにかを破壊す
る悪魔の発明なのかしら?やっぱり
[PR]

by shanshando | 2006-07-13 15:19 | ■古本屋の掃苔帖


<< 古本屋の掃苔帖 第二百七十五回...      古本屋の掃苔帖 第二百七十三回... >>