上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 07月 14日

古本屋の掃苔帖 第二百七十五回 黒田清輝

ここ数日のような猛暑になると、必ず思い出す黒田清輝の
絵がある。
1893年フランス留学から帰国した黒田が、翌94年天皇に
拝謁したその年の夏、パリ時代からの友人久米桂一郎と横
浜本牧町から鎌倉に遊んだ時に描いた「昼寝」という作品
である。黒田には珍しい印象派風の点描の作品で、木陰の
草むらに横たわって昼寝をしている少女を描いたものだが、
赤の使い方が強烈で、烈日に蒸された少女の肌のたてる匂
いまでが漂ってくるような絵で、作者の内部からほとばし
る野獣的な情熱を感じさせる。

維新の元勲の家系に生れ、18歳で渡仏した黒田の当初の目
標は、法学の学位を取得し、帰国後官途に就く事であった
が、前出の久米などの勧めもあって、余技であったはずの
画業を習得することになる。
滞仏10年、ソシエテ・デザルティスト・フランセのサロン
に「読書」が入選、外光派の伸びやかな画法を身につけた、
彼は、出自の良さも手伝って、日本西洋画壇に新風を巻き起
こす旗手として期待もされ、本人も希望に満ちていたはずで
ある。然るにこの「昼寝」を始めとするこの時代の荒々しい
描法が伝えるものは、何か極端な渇きを持った野獣のうめき
のように見えるのだ。 
老獪な旧派に立ち向かおうとする若者の客気だろうか?それ
とも、青春時代を過ごしたパリに残して来たものに対する思
慕だろうか?とにかく、その後作家として、教育者として日
本の西洋画壇を牽引していく黒田清輝はこの年、一種の狂気
に取り憑かれていたとしか思えない。
黒田のこの狂気の時代の象徴ともいえる激しい赤は、その後
の作品群からは一切見ることは出来ないが、只唯一例外とい
っていいかもしれない作品がある。
政治家、行政者として実作から遠のきがちだったその晩年の
死の前年に描き残した「梅林」という作品の背景に叩き付け
るように描かれた紅葉の赤褐色が、絵画に傾けた情熱の残照
のように美しく、若い日の狂気を彷彿させるのだ。

明日7月15日は、大正13年に亡くなった黒田清輝の82年目
の命日にあたる。
享年58歳。
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by shanshando | 2006-07-14 19:55 | ■古本屋の掃苔帖


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