上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 09月 08日

古本屋の掃苔帖 第三百二回 安藤鶴夫

三代目の金馬、今のじゃなくて口跡がハッキリしていて、
それがために渋好みの通からは敬遠された金馬の噺に
こんな内容の枕があった。。

いろんな商売があるけれど、床屋ぐらい客と喧嘩がしにくい
商売はない。他の商売なら、
「気に入らなきゃお止しなさい!御あしはアナタのものだが品物
は私んだ!お止しなさい!」と言えるが、床屋はそうはいかない
「気に入らなきゃお止しなさい!御あしはアナタのものだが頭は
……」やっぱり相手のものだという。
もういっぱい弱いのが私たち芸人で、
「気に入らなきゃお止しなさい!御あしはアナタのものだが、品物
は……」って、ないんだから持って帰りようがない。

如何にも金馬らしい噺である。
昔は貧富の差が激しく、貧しい者はその日の食うものにも困って
いるが、一方では料理屋の玄関が暗いので、履物が見つからな
いとお札を燃して、その明かりで探さしたなんていう成金がいたり
した。
そんな時代であればこそ、芸人にもおダンというスポンサーがつ
いて、お座敷なんかに呼んでは大層なご祝儀を振舞ったという。
それじゃあ昔の芸人は、みんな景気が良かったかかというと、さ
にあらず。そういういい目にあえるのは、一部の売れっ子だけ、他
の世間と同じく貧富の差が大きかった。
今、今のところだけかも知れないが、貧富の差がさほどヒドクなく
なって、皆が概ねそこそこに暮らすようになって、では芸人の方の
暮らしも平均的に豊かになったかというと、そこはやはり人気商売
売れない人は、他にアルバイトなどして食いつないでいると言う。

数年前に、店の主催で講談の会を開いたことがあるが、つくづく懲
りた。
お願いした先生(講談では師匠と呼ばず先生という)は十分なキャ
リアがある人なので、安くては頼めないということが分かっていたの
で、あらかじめお伺いを立てた。
「先生、予算があまり無いので、コレコレしかお出しできないんです
が演っていただけますか?」
「ああいでしょう。御あしの問題ではなく、ご縁を大事にしたいから、
演らせていただきます。」
その金額は、私どもとしては精一杯の額だったので、その返事に
安堵した。ところが、いざ演じてもらうと、まさに佳境という場面にき
て噺を打ち切り、話したいけどギャラの加減でここまでだという。
私は、チラシを撒いて集まってもらった客に対して面目まるつぶれ、
その後、腹が立つから二度とこちらからは、連絡はしないが、向こう
からは、折に触れ「ご縁、ご縁」と便りをよこす。

「…ひょいと目をあけると、くちやくちやにくずれた着物の裾と、その
着物の裾の下から、足首の上の方がのぞいてみえるつんつるてん
の股ひきと、穴のあいた黒い足袋に、ちびた下駄をはいている足が
みえた。
近亀は、あ、燕雄だなと思った。
本堂の前の敷き石の両側には、焼香をすましたものの、なんだか、
すぐには立ち去りかねた三木助が、小さんと立ち話をしていたり、文
楽が、若い者たちにことばを掛けていたりして、なんとなく、たいして
長くもない敷き石の道に、会葬者が残っている。
そんな中に、燕雄はそんな服装で、堂々と、そして心のこもった焼香
をした。
近亀は顔をあげて、焼香し、瞑目し、合掌している桃川燕雄の横顔を
みながら、世の中にやア、こんなひともいるんだなと思った。
とたんに、なんだか薄紙がとれたように、目の前がばっとあかるくなった。
桃川燕雄。
世の中から、なにひとつ、されなくッたって、そんなこと、これッぱかりも
不服に思ったことがない。それどころか、このひとは、雨の降ることに感
謝し、晴れて、喜び、風が吹いてもありがたいと思い、雪が降っても、あ
あそうか、と思う。どんな辛いめにあっても、泣きごとをいわず、たまに、
嬉しいことがあったって、ほんの少し、にッこりするだけである。
桃川燕雄。この世の中にゃア、こんな人もいるんだ。
そう思ったら、近亀は、すうッと、湯浅の死が遠くの方へ飛んでいってし
まった。」

安藤鶴夫の「巷談 本牧亭」からの抜粋である。
江戸幕府のお記録読みから始まったとされる講談という芸に誇りをもち、
赤貧を通り越して激貧ともいうべき生活をしながら、毅然と生きる講談師
の生き様を描いた安鶴の代表作である。
当時ですら珍しかった桃川燕雄のような芸人が、今の時代にいるわけは
ない。なまじ、全く食えなくもなかったりすると、プライドばかり先立って、
誰の益にもならない芸惜しみをする。
私は、分をわきまえ二度と芸人とは付き合わないつもりだが、もし芸人と
付き合おうというような酔狂を思い立つ人がいたら、捨てても惜しくないと
思えるような金がフンダンに出来てからにするか、あるいは身上を潰す気
でやることだ。

安鶴こと安藤鶴夫は1969年の明日、9月9日糖尿性昏睡のため他界し
た。享年60歳
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by shanshando | 2006-09-08 15:23 | ■古本屋の掃苔帖


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