上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 10月 17日

古本屋の掃苔帖 第三百二十四回 葉山嘉樹

昨夜、吉祥寺の某所で生意気にも蟹なんぞを食していたら、そう
いった「高級というのじゃないけど、結構お金のかかる食い物屋」
には、つきもののスケベ爺が女性に飯を食わせて、くどき落とそう
としている。という光景が隣のテーブルで展開していた。
爺は70代、奥さんに先立たれ、娘がいるがそりがあわず、出来れ
ば若い(自分よりは)愛人を作って、遺産をやることを条件に末期
を看取って貰おうという作戦らしいが、これまでに何度も失敗して
いるということが、大声で話される会話から嫌がうえにも伝わって
くる。
女性は50代、おそらく爺の持っている不動産の店子で、さりげなく
牽制しながらも、完全につれない態度をとる事は出来ないでいるよ
うで、会話の端々に相変わらずの不景気を嘆く言葉がもれる。
「景気が良くなったっていうけど、一体どこで良くなったっていうのか
しら?」
「はは、そんなもん自民党に入れるからだよ。あのなんとか言う女
親分にいれなきゃ。」
女親分って誰だ?田中真紀子?福島瑞穂は親分ってガラじゃない
し、まさか土井たか子のことを言ってるのかなぁ?爺がパチンコ屋
もやってたりするとそれもありえるなぁ。
私と同席していた人は、非常に不快そうにしていたが、私はこの絵
に描いたような俗物爺が嫌いではない。
大病をするまでは肉を食いまくっていたという言葉を証明するように
顔面が萎みかけた脂肪で覆われている。まるで「業」という言葉を
煮凝りにしたような顔だ。

私の見立てどおり70代として、元々吉祥寺あたりの地主の息子だ
とすると、爺が生まれる前から成人するくらいまで、このあたりには
プロレタリア作家とよばれる人たちが住んでいた。爺の家の店子に
も一人くらい居たかも知れない。
そのころは、武蔵野の森に民家が点在している程度だったこの土地
は、巨大な繁華街になり、プロレタリア作家たちの殆どは人々の記憶
から消えうせ、その作品も読み返されることは少ない。
イデオロギーに足を絡めとられた頭脳は感性を束縛し、どの作品も
はっきりいってつまらないのだ。

葉山嘉樹に「セメント樽の中の手紙」という作品がある。
読んでいる側が恥ずかしくなるほどの単純な人間感で辟易するが、
セメントの原料に使う岩石を砕く機械に落ちてしまって、自らセメント
の材料になってしまうというグロい発想が、若干買える。
果たして、脂肪やたんぱく質の塊である人間がセメントになりえるか、
どうかは別にして、セメントになった恋人がどんな建物の一部になった
のかを知りたがる男の恋人の病的な幻想は、描き方次第では面白く
なり得たかもしれない思う。

さて、蟹屋のすけべ爺であるが、所有している土地のひとつが遊んで
いる状態らしく、そこに3千万かけて何か建てようとしているらしい。
上モノが3千万程度ということは精々アパートぐらいの規模だろうが、
女性は歯に衣着せず、老い先短いのに3千万かけて結果を見届けら
れない事業など馬鹿馬鹿しいからやめろと諌める。爺は事業は俺の
趣味だという。趣味で3千万!
財布からなけなしの5千円を消費者金融という名の高利貸しに奪われ
死を考える年寄りがいる時代に、趣味で3千万!
爺!余生を愛欲に溺れて生きたかったら、あんまり具体的な金額を
口にしないほうがいいよ。そうじゃないと、その3千万で造る建物のセメ
ントにされちゃうよ。

1945年の明日10月18日、小林多喜二ら後進のプロレタリアート作
家に強い影響を与えた作家 葉山嘉樹が満州開拓村からの引き揚げ
の列車の中で脳溢血のため死亡した。
享年51歳
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by shanshando | 2006-10-17 16:50 | ■古本屋の掃苔帖


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