上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 11月 04日

古本屋の掃苔帖 第三百三十五回 島村抱月

1918年から翌19年まで世界的に猛威をふるったスペイン風邪は、
4000万から5000万人の人命を奪った。ってこの書き出し前にも
使わなかったっけ?
イヤハヤ、インフルエンザでこそないけど風邪をひいてしまって、買
取だなんだで忙しいもんだから、誤魔化し誤魔化しねばってきたけど
ついにグロッキイーか?うーんなんとかあと6時間もたさねば。
こんな時にとおの昔に死んだ奴のことなど、どうでも良さそうなもんだ
けど、キーボードでも叩いてないと却って気力がもたない。

島村抱月がどんな人間か、知っている人は当然知っているだろうし、
知らない人にとってみれば、知らなければ何か損をするというような
人間ではない。それはまぁ大概の過去の人間がそうだけど。
人名辞典を引くと、一応肩書きは文芸評論家ということになっている
が、今の世に知れ渡っている業績として有名なのは、松井須磨子と
の芸術座ということになるが、それ以上に有名なのがその松井須磨子
との不倫さわぎである。島村には妻があり、須磨子もバツイチ。
二人の恋愛騒動はやがて所属する文芸協会の分裂にまでつながり、
島村は師である坪内逍遥を離反することになり、その結果出来たのが
芸術座である。
早い話が、惚れた女のために社会的な地位を投げ打ち、芝居小屋の
親方になったわけだ。
須磨子はおよそ家庭的でない女性で、当時それは女性の身で河原乞食
に身を落とせる重要なファクターだった。
まぁ情熱的な女性だったのだろう。
1918年の明日11月5日、スペイン風邪から肺炎をおこして死んだ抱月
のあとを追って、翌19年1月5日死んでいる、昔から水商売の女性は、
正月自殺する例が多いと言う。
享年抱月47歳 須磨子32歳
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by shanshando | 2006-11-04 16:31 | ■古本屋の掃苔帖


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