上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 11月 17日

古本屋の掃苔帖 第三百四十三回 木村荘八

食べ物の話が続く。
京都の寺町にキムラというすき焼き屋が、どうやら今も盛業中
のようである。
子供のころ、年末に家族で河原町の百貨店にお正月用の洋服
を買ってもらうために出掛けると、昼はお決まりの百貨店の大食
堂だったが、夕食はよくこの店で食べた。
広い間口の玄関を入ると、下足番のおじさんがいて履物と引き換
えに下足札をくれ、前掛けをつけたお姉さんの案内で2階のお座
敷にご案内。店内にはすき焼きの匂いが満ちていて、もう心はウ
キウキ。
うちの親父は、何事もケチケチ頼むのが嫌いな性分で、子供3人
大人2人の食べる量としては過分すぎる注文をし、いつもしまり屋
の母が顔をしかめる。
やがて、肉や野菜が運ばれるとプロパンガスのコンロにお姉さんが
着火して鉄鍋に脂を引く、割り下を使う関東風のすき焼きとは違い、
京都のすき焼きはいきなり肉を一掴み焼いてその上にドバドバ砂糖
を振り掛け、醤油をぶっかけその上に野菜を入れて煮るのである。
親父は短気でもあったので、煮上がった尻からドンドン食べないと怒
られる。まったく慌ただしい食事で、弟はイヤだったようだが、私はレ
トロな造りのその店に入れるだけで嬉しかった。
あのキムラという店は、その名と京都という立地からして「いろは牛肉
店」の木村荘平の係累ではないかしら?

荘平の三十数人いたという子供の中の八番目の息子である木村荘八
の代表作「牛肉店帳場」には、あの京都のキムラと似通った雰囲気
がある。
男性原理の権化のような父親の息子として、両国の「第八いろは」に
生まれた木村荘八は今はもうない東京の光陰を写した画家である。
光陰という漢語は勿論一般には時間を意味するのだが、この場合私
はむしろ文字通りの光と陰という意味で使いたい。
荘八の描く古い東京の町の光や陰は、失われた懐かしい時間を象
徴していると思えるのだ。

東京っ子として生まれ育ち、明治・大正・昭和の三代を経て失われて
いった懐かしい「町の息吹」を思いながら、当時は郊外という印象が
強かった杉並・和田堀で晩年を過ごした。
亡くなった年に描いたという「新宿遠望」という絵は、その和田のあた
りから眺めたのであろう風景に過ぎ去った時間をかさねているように
見える。冬枯れのその景色のなかに、やがて巨大な高層ビル群が
建つとは予想だにしなかっただろう。

木村荘八は昭和33年の明日、11月18日65歳の生涯を閉じている。
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by shanshando | 2006-11-17 15:51 | ■古本屋の掃苔帖


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