上々堂(shanshando)三鷹

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2006年 11月 25日

古本屋の掃苔帖 第三百四十八回 小村寿太郎

新聞のご利益というものは大したもんで、お陰様で売り買い
ともに順調である。気のせいか、買取先で日の丸を見かける
事が多いようだが、おそらく気のせいだろう。
私の母などは、新聞記事を店に張り出せなどというが、田舎
のラーメン屋じゃあるまいし…。
来週の水曜には、日刊ゲンダイに岡崎堂などについての話
題が紹介されるらしい。

さて、小村寿太郎であるが、この人は弱腰外交と罵られなが
ら、ポーツマス条約を締結したことから、平和主義者とみられ
がちだが、実際は超タカ派であったという話を聴いた。
当時の日本は列強、特にロシアの脅威に晒されており、防衛
上の理由その他から、大陸への侵攻は必要欠くべからざる
措置であった、だから小村のような先覚的な官僚は当然大陸
侵攻に積極的であったというわけだ。
恐らくそれはそうだろう、当時の政府や官僚が躍起になってい
たのはよく判る。
しかし、そういった小村はじめ当時の官僚・政治家を愛国者で
偉いと讃える風潮は如何なものか?
また、それを今の時代に置き換えて、愛国心を煽るのは愚か
しい行為だとしか思えない。
外交というのは、パワーゲームであって、誰かが安全や繁栄
を守ろうとすれば、片やでそれを失う人が出てくる。
明治日本が行った外交戦略は、結局四辺の弱小国や弱小民
族を楯にして自らの利益や安全を勝ち取ろうしたに過ぎない。
台湾で沖縄で朝鮮で北海道および所謂北方領土で、明治政府
が行った所業は、大の男が女子供を楯にするようなもので、これ
を偉業などと言ったのでは、国家の品位が問われるんじゃあり
ませんか?
まさか、昔はそれもアリだったし、今も実はアリなんだとは言わ
ないでしょうね。

小村寿太郎は、1911年明治44年の明日11月26日56歳
の生涯を閉じている。
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by shanshando | 2006-11-25 16:20 | ■古本屋の掃苔帖


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